PART 33b

 朝のN放送のスタジオは、先週までとはまた違った緊張感に包まれていた。先週までも、3回連続で麻衣子は放送中に全裸になったのだが、「仮想着衣システム」のおかげで、視聴者に知られることはなかった。しかし今日は、同時にネット生中継で、仮想着衣に加工前の映像、すなわり全裸姿がそのまま流されてしまっているのだ。

 麻衣子の表情も、少しではあるが、先週までよりも固くなっていた。頬が見て分かるほどに赤くなり、火照っているようにも見えた。ブラ姿でさえこんなに羞恥を感じているのに、これから乳房を露出し、さらには秘部まで晒して、生活情報コーナー、スポーツコーナー、小旅行のコーナー、交通情報、天気予報をこなしていかなければならないのだ……

『麻衣子ちゃん、急いで!「仮想脱衣システム」の映像なんて気にしたらおかしいだろ?』
有川が叱咤する声が再び麻衣子のインカムから聞こえた。
『あくまで、放送映像が正式の映像なんだから、絶対に大丈夫!』


 栗山がニュースを読み終わった。麻衣子はブラを取り去っていて、双乳を両手で庇っていたが、内心で観念すると、すっと両腕を下ろした。真っ白で柔らかな乳房がぽろんとこぼれ、スタッフ達は何度も見ているのに、その美しさにまた目を奪われた。

 ああ、見られているのね……麻衣子はテレビカメラに顔を向けながら、必死に澄まし顔を作った。恥ずかしがったら駄目、これはコラージュなんだから……
「昨日の東京株式市場は、景気の先行きへの期待感から、このところ値下がりしていた銘柄を買い戻す動きが広がり、株価は、200円以上値上がりしました……」
麻衣子はテレビカメラを見つめ、何とか落ち着いた口調で話し始めた。しかし、テレビカメラの向こうでは、大勢の男性が自分の乳房を凝視しているのかと思うと、心臓がきゅっと縮まるような気持ちだった。お願い、見ないで……私のこんな姿……

"麻衣子ちゃん、ほっぺたが真っ赤になってるよ、可愛い!"
麻衣子の羞恥を抉るように、脳内で「声」が響いた。
"見ないでって言っても無理だよ。麻衣子ちゃんみたいに可愛い女の子がおっぱい丸出しでニュース読んでるなんて、これ以上のオカズはないからね(笑)"

 取材映像に切り替わるまでにはもう少し読まなければならない……麻衣子は脳内の声で羞恥にまみれながらも、目の前の原稿に神経を集中させた。
「……日経平均株価、昨日の終値は前日より201円46銭高い○○円。東証株価指数=トピックスは、17.77上がって○○となっています。1日の出来高は、1億……17億3830万株でした……」
露出した乳房に何万人もの視線が突き刺さったような気がして、麻衣子はぶるっと震え、さらには数字を読み間違ってしまった。露出した上半身がほんのりとピンク色になり、意図せずさらに色っぽくなってしまっていた。

 放送映像が証券取引所のものに変わった。ここからは、麻衣子の姿は映らず、残りの原稿を読むだけでよい。しかし、残りの原稿を読む際に、麻衣子は一度言葉に詰まり、もう一度数字を読み間違ってしまった。

"ちょっと麻衣子ちゃん、動揺し過ぎ!(笑)"
すかさず「声」が脳内で突っ込んできた。
"それにさ、少し乳首が立って来てるよね? 掲示板でも盛り上がってるよ。麻衣子ちゃん、ひょっとして本当にストリップ放送してんじゃね?ってさ"

(え、そんな!)
仮想脱衣という建前があるとは言え、丸出しの乳房を生中継されただけでなく、さらに露出の興奮で乳首が立っているとまで言われ、若い女性が落ち着いていられるはずがなかった。麻衣子は思わず両腕で双乳をしっかりと庇ってしまった。有川の声がインカムから聞こえたが、かっとした頭では、何を言っているのか理解できなかった。

 幸い、次は栗山のニュースであったため、着衣であれば明らかな不自然な動きも、中継されることはなかった。しかしそれは、自分の両手で乳首に触れることでもあり、たしかに乳首が固くなっていることを思い知らされることになってしまった。
(うそ、こんなの! 私……)

『麻衣子ちゃん、時間がないよ!』
呆然とした表情の麻衣子を見て、有川が痺れを切らしたように言葉をかけた。
『あと20秒! ほら、残りを全部脱がなくちゃ!』
もはや、デリカシーを気にしている余裕もなかった。

 残りを全部……徐々にその言葉の意味が分かってくると、麻衣子ははっとした表情になった。そうだ、今度は下半身に見に付けているショーツとストッキングを脱がなければならない……何も身に着けない、素っ裸にならなくてはいけない……

『早くっ!』
有川の怒鳴り声が聞こえ、麻衣子はびくっとした。ようやく現実を認識した麻衣子は、両手でパンティとストッキングをまとめて掴み、一瞬ためらった後、一気に引き下ろした。栗山はその間も淡々とニュースを読み続け、あと数秒で読み終わるところまで来ていた。


 今日のニュースコーナーはそのニュースで終わりだった。次は川本奈央がメインの生活情報コーナーだったが、触りの部分は奈央と麻衣子の掛け合いが行われることになっていた。

 ……それはすなわち、麻衣子の全裸立ち姿がネットで全国に生中継されるということでもあった。また、着衣で放送しているという建前を守るために、身体を庇ったり、不自然な動きも許されなかった。それはある意味、縄が見えない全裸緊縛ショーのようでもあった。

 生活情報コーナーを始まりを知らせる、ややコミカルで軽快なイントロがスタジオに鳴り響いた。奈央がスタジオの中央に立ち、テレビカメラに向けてにっこりと笑顔を浮かべていた。麻衣子はその隣に立ってコーナーを進めなければならない。そして、奈央は黄色ベースの可愛いワンピース姿だったが、麻衣子は何一つ身につけていない素っ裸だった。

 あそこに立ったら、ネットを見ている視聴者に全てを見られてしまう……しかし、麻衣子がためらうことができるのは、コンマ数秒しかなかった。麻衣子は小刻みに震える脚でややぎこちなく歩いた。

 イントロが鳴り終わると同時に画面が切り替わり、コーナーを担当する二人の姿が映し出された。

「はい、今日は『鞄の中を便利に』、がテーマです!」
奈央がはきはきと元気な声を出した。
「本澤さん、バッグの中は何か工夫していますか?」
全裸の女性が隣に立っていることを意識しないよう、奈央は平静を装った。内心では、急きょネットで生中継されてしまった麻衣子に心底同情していた。

「そうですね、あまり整理していなくて、ごちゃっと入れてしまっていますね……」
麻衣子は、段取りどおりのセリフを口にしながら笑顔を浮かべていたが、その表情はどこか引きつっていた。
 また、その姿勢も少し不自然だった。両手を下に伸ばし、正面で手を組んでいた。さらに、背中を前に少し丸めていた。

 それは、明らかに両手で股間を庇う格好だった。テレビカメラの横の放送映像のモニターには、清楚な服装で軽く手を組んでいる姿が映し出されていたが、ねっと生中継のディスプレイには、何も身にまとわず股間だけを隠している姿が映っていた。

"あれ、麻衣子ちゃん、アソコを隠したら駄目だよ"
すかさず、脳内で「声」が聞こえた。
"ほら、ディスプレイを見てみな"

「……それで、どこに入っているか分からなくなって、ごそごそさがすこと、よくありますねえ」
麻衣子は続きの言葉を口にしながら、ちらりとネット生中継のディスプレイを見た。そこには、全裸で乳房を晒し、背を少し丸めて股間を庇う自分の姿が映し出されていた。なんとか恥毛を隠すことはできている……麻衣子は全身がかあっと熱くなるのを感じながら、ほんの少しだけほっとした。

『麻衣子ちゃん、表情固いよ!』
麻衣子の羞恥を無視して、有川の声が聞こえた。
『もっと背筋を伸ばして! 大丈夫、仮想着衣システムは完璧に作動しているから!』

(無理です、やっぱり……)
麻衣子は、奈央の説明をにこにこして聞きながら、有川を恨めしく思った。確かに放送映像では見えないが、今回は生映像をネットで、中継されているのだ。大勢の人が見ているのに、股間を晒すなんてできない……両手は相変わらず股間の上から離すことができなかった。隣では、奈央がにこにこして段取りどおりに話していた。

「はい、それでは今日の素敵な便利アイテムを紹介します!」
緊張感の漂うスタジオに、奈央の精一杯明るい声が響いた。放送映像はスタジオから、録画済みの取材映像に切り替わった。

 ここから40秒は、スタジオが映ることはなく、映像に合わせて少しセリフを挟むだけだ。少しだけスタッフ達の緊張が緩んだ。

"麻衣子ちゃん、きれいなおっぱいがネットで大好評だよ"
すかさず「声」が脳内に閃いた。
"でも、アソコを隠すのはやめた方がいいよ。仮想脱衣システムじゃないってバレたら困るでしょ?"

 ほぼ同時に、インカムから有川の声も響いた。
『麻衣子ちゃん、いつまでそんな格好でいるつもりだ? 恥ずかしいのは分かるけど、猫背なのは不自然すぎるぞ!』


前章へ 目次へ 次章へ


アクセスカウンター