PART 4

 「じゃあその代わり、種目はこちらで決めさせてもらいまよ。」
完全に主導権を握った陽菜が麻由香を差し置いて言った。
「ね、先輩、やっぱりリボン、ですよね?」

 「え、ええ・・・」
麻由香は頷いた。リボンは麻由香の最も得意な種目だ。目をつぶって演技してもリボンを落とさない無い自信がある。
(そっか、そのつもりで陽菜ちゃん、佐々岡くんの話を受けたのね。これで、いつでも練習ができるようになるものね。)

 「それじゃあ、音楽、かけますよ。」
美加がラジカセを用意した。

 「おいおい、何か、すっごく余裕そうだな、麻由香ちゃん。」
「あんなに長いリボンをくるくる回したり高く放り投げて転がって取ったりするんだから、難しいだろ?」
「さすが総体6位。落ち着いてるな。」
麻由香達の落ち着き払った様子に、逆にバスケ部員たちが不安になった。

 「さあ、それじゃあ、始めますよ。」
美加がそう言って、ラジカセのスイッチを入れた。

 音楽と共に、麻由香の体が動き出した。もう何百回も練習したメニューなので、勝手に体が動く。男子学生達に至近距離から嫌らしい目で見られることも、麻由香の動きに全く影響していなかった。確かに脚を垂直に上げたり、体を大きく反らすシーンはあったが、あまりに堂々と演技されると、囃し立てることもしづらい空気になった。

 「ふふ、やっぱりすごいね、麻由香先輩。」
「そりゃそうよ、全国トップクラスなのよ。ちょっとやそっとのプレッシャーじゃ、びくともしないわよ。残念ね、男の子達。」
陽菜と美加は目を見合わせてわらった。

 そして時間はあっという間に過ぎ、終了まであと15秒に差し掛かったときに、それは起きた。
最後のポイント、リボンを大きく放り投げ、対角線まで転がって背中で受け取るシーンだ。麻由香は完璧な位置にリボンを放り投げ、前転を開始した。しかし、前転で止まるべきところで、麻由香は足を滑らせ、体のバランスを崩した。
(え、あ、だ、だめ・・・)
麻由香はすぐに体勢を立て直した。しかし、一瞬の遅れは取り戻しようもなく、リボンは無情にも手をすり抜け、床に落ちてしまった。そして、男達の歓声と共に、演技時間は終了した。

 「やったー。麻由香ちゃんのレオタード脱衣決定!」
「後はサポーターだけか?」
「ほら、脱ーげ、脱ーげ」
半ばあきらめていた学生たちは、面白いようにはしゃいでいた。

 「う、嘘・・・」
麻由香は事態が信じられななかった。自分に限って、リボンで、この曲で、失敗することなんて、絶対にあり得ない・・・麻由香は、自分が足を滑らせた地点の床を確かめた。
(何か、塗られてる・・・)その部分だけ、何かゲル状のものが塗りつけられていた。それで足が滑ったのだ。
「ちょ、ちょっと待って。床に何か塗られてる! こ、こんなの、認められません。会場不整備で、やり直しです!」
麻由香のセミヌードを期待して喜ぶ男達に、麻由香は必死に叫んだ。

 「は、何言ってるの、麻由香ちゃん? 負けた癖に、言い訳する気かよ。」
佐々岡が呆れたように言った。
「そのマット、そもそも君たちが管理してるんだろ? なら、それが不整備なのも、お前の責任じゃないか。」
そうだそうだ、見苦しいぞ、麻由香ちゃん、と男達の声が続いた。

 「だ、だけど・・・」
麻由香は納得できないが、うまく言葉にならなかった。確かに、佐々岡の言葉にも一理ある。でも、部の責任と、演技の評価は別の筈・・・

 「佐々岡さん、いくら自分を振った女の子だからって、それはちょっと厳しすぎるんじゃないですか?」
陽菜がとりなすように言った。
「そりゃ、マットの管理が悪かったのは、新体操部の責任ですけど、だからって、麻由香さんがレオタードを脱いで演技させられるなんて、可哀想ですよ。みんな、そんなことじゃ女の子にもてないですよ。」
陽菜の硬軟混ぜた言い方に、男子高校生達は静まった。
 
 「だけど、だからって何もペナルティ無しって訳には行かないだろ?」
佐々岡が考えながら言った。確かに、こんなことで無理やり麻由香を半裸にしたら、後で何を言われるか分からない。

 「私にちょっと考えがあるんですけど・・・」
陽菜は佐々岡の隣に駆け寄り、何事か耳元に囁いた。

 「・・・うん、まあ、それでいいだろう・・・」
佐々岡は頷いた。そして、近くの部員を呼ぶ。
「おい、体育倉庫の済にあるダンボール、持ってこい。」

 「な、何を言ったの?」
不安に駆られた麻由香が隣の美加に聞いた。

 「大丈夫、陽菜ちゃんに任せましょう。それにしても先輩、ちょっと油断してたんじゃないですか? 次はちゃんと模範演技、見せてくださいね。」
美加は話をはぐらかした。

 そして、下級生が持ってきたダンボールの中から、佐々岡が一つの服を取り出した。
「それじゃあ妥協案だ。麻由香ちゃん、次はこれに着替えて演技してもらおうか。」
佐々岡の右手には、白いレオタードが握られていた。
「その代わり、今着てるのは、全部脱いで、こっちに渡してもらうぜ。麻由香ちゃんがまた言い訳して逃げないようにな。」

 「い、言い訳ですって?」
麻由香は反発しかけて口をつぐんだ。佐々岡の提案は、サポーターだけで演技をするよりは遥かにましだと思ったからだ。
「・・・わ、分かりました。」

 「よし、それじゃあまず、麻由香ちゃんの鞄を渡してもらおうか?」
佐々岡は威圧的な口調で言った。

 「え、ど、どうして?」
麻由香は驚いて聞いた。中には私物もあるし、さっき脱いだ下着も入っているのだ。

 「だから、麻由香ちゃんがトンズラしないようにするためだよ。・・・て言うか、本当はもう貰ってるんだけどね。」
佐々岡は、足元の鞄を持ち上げた。
「へーえ、これが麻由香ちゃんの今日のパンティーか?」
佐々岡は、麻由香が鞄の中で最も見られたくないものを手に取って掲げた。

 「きゃ、きゃあっ、ひどい、早くしまってっ!」
麻由香は我を忘れて叫んだが、佐々岡にとって、いつも澄まし顔の麻由香のそんな反応は、面白くてしかたなかった。

「田之倉、これ撮っといて。」
佐々岡はそう言いながら、そのパンティーを宙に放り投げた。

 「おっと、これが麻由香ちゃんの、かあ。あれ、まだあったかいぞ。」
田之倉はにやけながら、そのパンティーを接写した。
「はい、それじゃあ、麻由香ちゃんの脱ぎたてパンティー見たい人!」

  「こっちもまだあるぞ。麻由香のブラ、スカート、制服・・・」
佐々岡がそれぞれ掲げ、皆に配る。
「やっぱうちは女子が少ないからなかなかこういう機会がなくてね。ありがとう、麻由香ちゃん(笑)」

 「い、いやぁ、もうやめてっ!」
麻由香は思わず叫んだが、ついさっきまで身に付けていたパンティー、ブラジャー、スカートは、男たちの手から手へと回覧され、取り戻すことはできない。
「さ、最低っ、あなた達、最低よっ!」
 
 「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困るなあ。」
佐々岡が一瞬、真面目な顔に戻った。
「そもそもこの罰ゲームは、麻由香ちゃんが緊張感を持つためのものなんだから、君にとって恥ずかしいことにしなくちゃいけないだろ? ・・・言っとくけど、ノーミスで模範演技ができるまでは、俺たちの指示に従ってもらうからな。」

 「やだ、佐々岡さん、そんなに怖い顔しないでくださいよお。」
陽菜が軽い口調で言った。
「そんなこと、先輩も分かってますよ、ミスはミスなんですから・・・だけど、麻由香先輩だって女の子なんですから、あんまり過激なのはちょっと可哀想ですよ。佐々岡さんなら、分かるでしょう?」

 「そりゃ、まあ、分かるけどさ・・・ミスしたらもっと恥ずかしい思いをするってことが緊張感に繋がるからな・・・」

 「分かった、分かった。佐々岡さんが意地悪でしてるんじゃないってことは、ここにいる皆が分かってますよ。」
陽菜は3年生に対して馴れ馴れしく言った。そして今度は麻由香を振り返る。
「ね、麻由香先輩だってミスしちゃったんだから、少しくらい恥ずかしい思いしても、我慢しなくちゃですよね?」

 「え、ええ・・・」
麻由香は渋々頷いた。17歳の女子高生にとって、脱いだばかりの下着を男子に回覧されることが、「少しくらい恥ずかしいこと」とはとても思えなかったが、一年生に諭されるような言い方をされ、これ以上みっともなく騒ぐことはできなかった。
(とにかく、そのレオタードに着替えて、今度はノーミスでやればいいのよ。簡単なことじゃない・・・)

 「先輩、嫌でしょうけど、ここは謝った方がいいですよ。」
陽菜が耳元で囁いた。

 「騒いだりして、ご、ごめんなさい。今度こそ、ノーミスで演技しますので、もう一度、やらせてください。」
誇り高い麻由香にとっては屈辱的だったが、唇を噛み締めて堪えた。

 「おっと、天下の本条麻由香ちゃんがしおらしく謝ってるぞ、みんな、ちゃんと撮ってるか?」
田之倉が麻由香の屈辱を煽るように言った。
「いいねえ、レオタード姿でおっぱいとお尻の膨らみを晒しながら謝罪する気位の高い美少女、か。高く売れそうだな(笑)」

 「た、田之倉くんっ! と、撮らないでっ!」
麻由香は顔を真っ赤に染めて叫んだ。この卑劣な男だけは許せない・・・

 「おいおい、俺だって、麻由香ちゃんの緊張感を高めるために協力してるんだけどなあ。」
田之倉は平然と言った。
「・・・あ、そうだ、こんなのどうです、佐々岡さん・・・」

 「・・・はは、そりゃいいや。ぜひ、やってもらいたいね。」
佐々岡は手を叩いた。
「麻由香ちゃんにはいい薬かもな。・・・麻由香ちゃん、田之倉の言うことは俺の命令と思って聞けよ。」

 田之倉がカメラを構えながら、陽菜と美加に手招きをした。

 「・・・え、先輩にそんなこと言わせるんですか? ひっどーい、田之倉さん(笑)」
「・・・そこに立ってもらって、皆の方を向いてもらえばいいんですね、分かりましたあ。だけど、先輩、ちょっと可哀想(笑)」
言葉と裏腹に、陽菜と美加はどこか楽しそうに見えた。


次章へ 目次へ 前章へ


MonkeyBanana2.Com Free Counter