PART 5

 研修は順調に進んでいた。内容は、業務知識および係長としての心構えの修得が主だ。理絵は全ての研修をそつなくこなし、その成績も上々だった。初日の決意どおり、エリートの男達を押さえ、同期の中ではトップの評価を得ていた。研修中の飲み会では他の職場の先輩達と仲良くなることもできた。(結構やってみればできるものね。職場に戻ってからも頑張ろう。)すっかり自信を取り戻した理絵だった。

 そして、研修もいよいよ最後の金曜日になった。最終日は各自が与えられた課題のレポート発表だけだ。
 レポート発表は係長研修の中の目玉で、それは、研修初日に会社側から任意に与えられた課題について、各人が自由時間を利用して情報を収集し、レポートとして発表する、というものだ。レポート発表の際には、仲間の研修生やゲストから厳しい質問が浴びせられ、発表者はその全てに答えなければペナルティが課される。ペナルティはその回によって異なり、ものまねであったり、社歌を歌わされるとかいったものであるらしいと聞いていた。

 理絵が与えられたテーマは、『ブラジルの民族構成とFJEの南米戦略』という、かなりマニアックなものだった。日本語表示のパソコンを日系移民に売ること位しか思いつかなかった理絵は、夜遅くまでインターネットでブラジルの情報収集を行わなければならなかった。しかし、その甲斐あって、自分としてはかなり満足のできるレポートを完成させることができた。

 レポート発表は、20名ずつのクラスに分けられ、各教室で行われることになっていた。皆、レポートをまとめたOHPを手に、緊張の面持ちで席に座っていた。

 始業時間になると同時に、教官役の人事課長の伊東が教室に入ってきた。クラス全体を一度見回してから話し始める。
「えー、このレポート発表は皆さんの情報収集能力とプレゼンテーション能力を見せて頂くために行うものです。また、プレッシャーの中でも事態に冷静に対応する能力を見るために、皆さんには様々な質問が投げかけられます。皆さんはその全てに的確な答えを返さなければなりません。もし、それができなかった場合には、こちらのペナルティが課されます。」
そう言って、一旦息を切った伊東は、右手に持っていたカードの束を上に上げた。
「ペナルティとして、ここに書いてある通りのことをしなければなりません。・・・例えばこれは、・・・何ィ、近藤正臣のモノマネ?」
伊東の素っ頓狂な声に、教室が笑いに包まれた。一気にその場の緊張が解けた。(何だ、その程度か。良かった。)理絵もほっとする。

 理絵の順番は最後だった。各人の発表を聞きながら、理絵は自分のレポートが水準以上であることを再確認し、自信を深めていた。一つ気になったのは、自分の発表のときのゲストが誰か、ということだった。大体、その人間が所属する課の課長か係長が来ているようだが、それでなくても忙しい営業第一課の課長がそんな時間を作れるとも思えなかった。
 

 さすがに係長内定者達だけのことはあって、レポート発表は淡々と進み、いよいよ理絵の番となった。
若干の緊張を感じながら、理絵は前へと出ていき、教壇に上がる。(ゲストは誰なのかしら?)と気になりながら、理絵は伊東の言葉を待った。

 「さて、次は最後の加藤理絵さんです。ゲストは本社営業第三部第五課のみなさんです。」
伊東の案内の声に理絵は驚いた。課長の谷村はいないが、係長の大友以下、三宅、洋子、真奈美の4名が勢揃いだ。(どうして第五課なの? どうして4人も?)一課は忙しいという理由で来れなかった代理としても、4名というのはあまりに不自然だった。

 「どうした、加藤君。もう発表は始まってるぞ。そんなぼけっとした顔してたら減点だからな。」
伊東の言葉に理絵以外の皆が笑った。(とにかく、発表をすればいいんだわ)疑問を押し殺して理絵はクラスの皆に微笑を向けた。

 レポート発表自体は問題無く終わることができた。皆の受けも悪くないように見えた。後は、質問コーナーを乗り切れば終わりだ。(ま、こんなマニアックな話題じゃたいした突っ込みが来るわけ無いしね。)理絵はやや余裕を感じながら言った。
「それでは、質問の方をお願い致します。」

 最初の2つはクラスの仲間達からのもので、ブラジルの貿易相手国上位5ケ国は、といった予想範囲内の質問であり、理絵は難なく答えることができた。
「他に質問はございますか?」
と問いかけても、手を挙げる者はいない。安堵の表情を浮かべた理絵は、
「では、・・・」
これで終わりとさせて頂きます、と言い終わらないうちに、一人の手が上がった。洋子だ。

 「はい、どうぞ。」
何で今さら、と思いながらも洋子を指名しないわけにはいかない。(どうせ大したこと思いつかないくせに。ゲストに行ったけど何も質問しませんでした、じゃかっこつかないからでしょ)

 しかし、メモを見ながら洋子がした質問は、理絵の全くの予想外だった。それは、どう考えても事前にテーマを知っていて、詳細に調べなければできないものだった。
「え、えーと、それは・・・」
動揺した理絵は、思わずどもってしまった。洋子はにやにや笑ってこちらを見つめている。(ひどい、洋子さん、どうして・・・?)しかし、どうしても回答が浮かんでこない。
「・・・後ほど調べてお応えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
仕方なく、理絵は言った。できるだけ冷静に言えば許してもらえるかも、と祈るような気持ちだ。

 しかし、伊東の言葉はつれなかった。
「はい、駄目。加藤君、ペナルティーだ。そのカードを上から一枚引きたまえ。」
と、教壇上のカードの山を指さした。

 「・・・はい」
抵抗は許されないので、理絵はそう答えるしか無かった。今までの例を見ると、モノマネや鼻の穴に指を入れる、といった形で恥を掻かされるに違いなかった。男にとっては宴会芸の初歩の初歩だが、プライドの高い理絵にとっては耐え難い屈辱だ。しかも目の前には軽蔑していた第五課の連中もいるのだ。(お願い、できるだけ簡単なのが出て・・・)理絵は祈るような気持ちで上のカードをめくった。

 しかし、運命は理絵に過酷な試練を与えたようだった。その内容を見て、理絵は思わず絶句した。

 「はい、大きな声で読んで実行! 今までの、見てなかった?」
伊東がいらいらしたように言った。

 「あ、あの、・・・でも・・・・」
理絵はそう言われてもどうしても読むことができない。それは、とても受け入れられない内容だった。
「やっぱり・・・」

 「貸しなさい!」
伊東がついに理絵の手からカードを引ったくった。ちらっとそのカードを見て、大きな声で内容を告げた。
「はい、ズボンを脱ぐ!、でしょ。君、字も読めないの? すぐ実行!」

 「そ、そんな・・・」
そんなこと、できる訳が無い・・・理絵はそう思ったが、口に出すことができなかった。確かに、男だったら笑い話で済むことかもしれないが、理絵は24歳の未婚女性なのだ。男達が見つめる前でパンティを晒すなんて、とうてい耐えられない。しかし、それを言えば、だから女は駄目なのだ、という例の台詞が浴びせられることもまた、明かだった。
「他の事なら何でもしますから・・・」
理絵は何とかそれだけ言うのが精一杯だった。

 しかし、伊東は嫌らしい笑いを浮かべながら言った。
「無理だね。これはどんな事態にも冷静に対処する能力のテストでもある、と言っただろう? もし、君がどうしても拒否するんなら、係長の資質にも疑問符を付けざるを得ないね。この研修参加者で係長失格の最初の例になりたいんなら、ご自由にどうぞ。」
その視線は理絵の下半身に向けられていた。

 「うっ・・・・」
言葉に詰まった理絵は、教室を見回した。大友と眼が合う。大友はにこりともしないで、冷たい視線を返して来た。本社のメンツにかけても、係長失格など許さないと言っているのだ。その横の洋子と真奈美は興味深げな笑いを浮かべている。どう考えても拒否できる雰囲気では無かった。

 (わ、分かったわ。脱げばいいんでしょ。絶対係長になるんだから。)
プライドの高い理絵は、係長失格の烙印を押される屈辱よりも、ズボンを脱ぐことを選ぶしかないと心を決めた。幸い、ジャケットの丈が長めなので、ズボンを脱いでもパンティはほとんどジャケットの裾に隠れそうなのが救いだった。

 「分かりました。失礼いたしました。」
理絵は冷静な声を取り戻すと、脇のジッパーに手を掛けた。ゆっくりとジッパーを下げていきながら、頬が熱くなるのを理絵は感じていた。昨日まで一緒に研修を受けていた皆の前で、また、職場の同僚達が見つめる中、ズボンを脱がなければならない・・・どうして自分がこんな目に? ジッパーを下げ終わった理絵の動きが止まった。

 「ほら、何をしているんだね。そんなんじゃ、本社の推薦と言っても失格にしなきゃならないな。早くしたまえ。時間が無いぞ。」
伊東がさらに理絵を追い詰める。理絵の逃げ場が無いことを確信して余裕の表情だ。

 研修生の男達も初めは戸惑っていた様子が見受けられたが、今はすっかり淫靡な期待に眼を光らせていた。
おそらくFJEで一番の美女でかつ出世レースのトップを走っている女性の痴態を見られそうなのだ。皆、冷静な表情を作りながらも内心は嫌らしい期待に満ちている。

 「はい・・・」
理絵は諦めたようにズボンのボタンに手をかけた。視線を避けるように腰を屈めながら、ゆっくりとズボンを下ろしていった。ストッキングを穿いていない生脚が剥き出しになっていく。生白く、適度な肉付きの太股が露わになる。パンティは何とか隠すことができている筈だが、脚の露出はどうしようもない。

 (ああ、見られてる・・・)理絵はすっかり顔中真っ赤にしながらも、作業をやめることはできない。さらにズボンを下ろして行き、後は足首から抜き取るところまできた。靴を履いたままでは脱ぐことができないので、やむなく理絵は靴を脱いだ。さらに、パンティが見えない様に気を付けながら、ズボンを取り去り、脱いだ靴を履く。後ろから見れば、パンティ丸出しだったに違いないが、黒板を背にしていたのが唯一の救いだった。

 しかし、ついに理絵は、衆人環視の中、下半身はパンティ一枚、という姿で立つことになってしまった。上半身は濃紺のジャケットをかっちり着込んでいるのが、エロチックさをさらに増していた。ズボンをすぐに伊東に取り上げられてしまった理絵は、両手でジャケットの前の裾を押さえた。

 目を上げると、同期の小山が見えた。小山は、平然とした表情を作りながら、しっかり理絵の脚を観察していた。
(こ、小山君まで・・・そんな顔して見ないでよ)
同期に痴態を晒す羞恥が理絵を包み込む。どちらかと言えば嫌いだった同期の異性に、恥ずかしい姿を見られなければならないのは理絵にとって屈辱的だ。

 「で、では、他の質問はございますか?」
とにかく、早く発表を終わらせるしかないと覚悟した理絵は、皆を見回していった。しかし、皆が理絵の脚を見ているため、視線が合うことは無い。理絵のすらっとした白い2本の脚はそれほど魅力的だった。(いや、早く、早く終わって!)理絵は焦った。

 しかし、理絵が
「では、発表を・・・」
と言いかけたところで、またもやゲスト席の手が上がった。今度は真奈美だ。その意地悪な笑みを見て、理絵は嫌な予感がした。


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