PART 10(bb)

 梨沙が2年1組の教室に行くと、中からは数人の生徒達がいて、はしゃいだ声をあげていた。そして、がらっと扉を開け、息を弾ませている梨沙を見て、ばつの悪そうな顔をした。皆慌てて、教室の黒板の横の掲示板から離れ、そそくさと席についた。もちろんそこには、さっきと同じ、梨沙の水着姿と透けたパンティの盗撮写真を並べた「チラシ」が貼ってあった。

 「ごめんね、梨沙ちゃん、悪気は無かったのよ。ただ、剥がしていいか、クラス委員さんに相談しなくちゃって言ってたの。勝手に外すのもまずいかもって。」
梨沙の責めるような視線を感じながら、みどりがしゃあしゃあと言った。
「でもこれ、またコラなんでしょ。そんなに慌てなくてもいいんじゃない?」
そうよねぇ、と言い合う女子を見て、梨沙は全員がショウブ堂と繋がっているように感じた。

 それから梨沙は、各クラスのクラス委員と協力しながら全てのチラシを回収し、職員室に届けた。男性教師達にじっくり回覧されるかと思うと本当は破り捨てたかったが、生徒会長という立場上、そうすることもできなかった。担任の西田と学年主任の富田が何とも言えない表情でその「チラシ」を眺めるのを見て、梨沙はいたたまれない気分になった。

 そしてその日、梨沙は好奇の視線を浴びて過ごすことになった。女子達は皆、梨沙の前では同情の様子を見せるものの、陰ではこそこそ、かわいそー、でもあれ、よくできてるよねえ、本当は本物だったりして、と言い合ってクスクス笑っていた。そして男子達は、あの「チラシ」を誰かが携帯で撮影して拡散したらしく、画面を覗き込んでは、すっげぇ、ここまで一致しているっ!などどはしゃいでいた。さすがにそれは教師が気付き、すぐに携帯の写真を削除するように全員に命令したが、本当に実行されたかは怪しかった。

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 その日、梨沙は授業が終わると早々に学校を出て、真っ直ぐ家に帰った。この前、職員室の前でパンティを脱いでまでして見せられないようにしていた写真が、あっさり全校生徒に公開されてしまったのだ。小さな透けたパンティを食い込ませた下半身の写真を見られ、16の少女が平気でいられる筈がなかった。しかし、あくまでそれはコラだとして、平然と振る舞わなければならない・・・それは、あまりにも辛い数時間だった。

 梨沙にとって救いだったのは、紀子や芳佳から励ましのメールが来たことだった。大丈夫、あんなコラに負けないで、と気遣うメッセージ梨沙には嬉しかった。

 梨沙がそのメールを眺めていると、携帯が新しいメールの着信を告げた。その差出人は「黒川」だった。梨沙は震える指でクリックし、そのメールを開いた。
『こんばんは。久しぶりだね。今日のチラシ、気に入ってもらえたかな? 今度は透けた乳首バージョンも配ろうと思うんだけど、どうかな。もしそれがダメなら、明日はノーブラノーパンで学校に行ってくれないかな。その後の指示はメールでするから、着信に気を付けていてね。』

 「ひ、ひどい、何てことを・・・」
梨沙は携帯端末の画面を見ながら怒りに震えた。黒川という男は一体どこまで卑劣なのか。しかし、命令を無視したら、今度はノーブラで、胸が透けてしまっている写真を学校中にばら撒かれる・・・や、やっぱりいや、あんな思いをまたするなんて・・・

 しばらく悩んだ梨沙は、やはり芳佳に相談することにした。そして、芳佳に電話をすると、芳佳は驚くほど早く電話に出た。
「どうしたの、梨沙ちゃん、何かショウブ堂から連絡があったの? 恥ずかしい命令に従わないと、また写真をばら撒くとか?」
梨沙が何も言っていないのに、芳佳は梨沙の悩みを正確に言い当てた。

 ・・・そして芳佳は、的確かつ冷静なアドバイスをしてくれた。それは、今までに撮られてしまった恥ずかしい写真については、全て完全に公開されることを覚悟する。その代わり、今まで以上に恥ずかしい写真は絶対に撮らせない、というものだった。
 もう一つ、芳佳が言ったのは、とにかく、ショウブ堂の背後にいて、梨沙を陥れようとしている連中のトップが誰かを探ることだった。そうでなければ、ショウブ堂だけをもし潰せたとしても、また新たな嫌がらせが今以上になるに違いないと思うの、と芳佳は淡々と言った。だから、できるだけ時間を稼いで、まずは校内の協力者を発見し、今度はその協力者を通じて背後を探る、それしかないと思うの・・・

 「・・・うん、分かった。今までの写真はみんなに見られてもいいわ。毅然として、本物って認めなければ、すぐに有耶無耶になるもんね、こういうのって。」
梨沙は有名人の盗撮画像流出事件などの顛末を思い出しながら言った。もちろん、死ぬほど恥ずかしいけど、公開しないという約束の代わりにもっと恥ずかしい格好を撮られるなんて馬鹿げている。どうせ、約束なんて守られないんだから・・・
「・・・それで、時間を稼ぐって、どうしたらいいかな。それに、協力者を通じて背後を探るって言っても・・・」
梨沙はすっかり芳佳を頼りにして、素直にアドバイスを求めた。どうして芳佳ちゃんだけは、甘えちゃうんだろう、私・・・

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 次の日、梨沙は黒川の命令に従わず、下着を付けて登校した。そうすれば、「協力者」がその理由を尋ねてくる筈・・・メールが着かなかったかもしれないと考えて・・・

 二時間目の途中、一通のメールが着信した。それは、宮田ゆきなからのもので、今日の放課後に一緒に買い物に行こうと誘うメールだった。

 そして二時間目が終わると、ゆきなが話しかけてきた。
「ねえ梨沙ちゃん、さっきのメール、見てくれた?」
普段と変わらない口調だったが、その視線は梨沙の表情の変化を見逃すまいとしているようにも感じられた。

 「うん、見たよ。でもごめんね、今日は部活があるから行けないの。」
梨沙もいつもどおりの笑顔で答えた。

 「そっか、それじゃあ仕方ないね・・・ところで、昨日の夜も同じメール送ったんだけど、見てくれた? パソコンからなんだけど・・・」
ゆきなは大して気分を害していない様子で淡々と言った。

 (・・・引っかかった!)梨沙は表情を崩さないようにするのに必死だった。ゆきなちゃんは、みどりちゃんとも仲良しだし・・・ということは2人ともアイリスの協力者?
「え、そうなの?・・・でも、着いてないと思うよ・・・」
梨沙は平然とした様子を保ちながら携帯端末を取り出し、受信メール一覧画面を表示させ、ゆきなに見せた。
「ほらね、昨日の夜はゆきなちゃんからのメールは来てないわ。」

 「ふーん、そうかあ。おかしいなあ・・・」
ゆきなはそう言いながら梨沙の携帯の画面を見つめた。

 「あ、そう言えば、この前から、アドレス帳にない人からのメールは受信拒否にしちゃったの、ごめんね。」
ゆきなが協力者に違いないとほぼ確信した梨沙は、今思い出したかのように言った。もちろんそれは、事前に芳佳と相談して考えた筋書きどおりだった。


 ・・・4時間目の授業中、梨沙の携帯端末がメールの着信を告げた。それはメールではなく、SMSだった。そしてそれは黒川からのものであり、内容もほぼ同じだった。違うのは、ノーパンノーブラで登校ではなく、昼休みにトイレに行って下着を脱ぐように命令が変わっていることだった。
(なんか、随分わかりやすいわね。やっぱり、ショウブ堂の方も焦っているんだわ。私が脅しに屈しないで、どう対抗しようとしているか、分からないのよね・・・いいわよ、胸が少し透けた写真くらい公開されたって。)

 梨沙はもちろんその脅迫を無視して、午後の授業を受けた。そして、ゆきながさりげなく梨沙のブラをチェックしていることも分かった。

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 その日の夜、梨沙は芳佳に電話をかけた。
「やっぱり芳佳ちゃんが言うとおり、あっちから動いてきたわ。それで、ゆきなちゃんが私がブラしているのを見て、メールが着いていないのか探ってきて、最後はご丁寧に黒川からSMSまで送られてきたの。」

 「そう、やっぱりって感じね。ゆきなちゃんがショウブ堂とつながっているということは、みどりちゃんも当然怪しいわね。この前、領収書を持ってきて梨沙ちゃんにショウブ堂に行かせようとしたのもみどりちゃんだしね。」
電話の向こうの芳佳は相変わらず落ち着いた口調で言った。
「・・・それから、あとは岩本くんね。生徒総会の時の写真とか、水着姿の写真とか、盗撮したのは岩本くん達に決まってるもんね。」

 「うん、私もそう思う。逆に、その3人以外は悪ふざけをしてからかう人はいるけど、ショウブ堂には関係ない感じだし。」
梨沙は芳佳の分析に同意して言った。
「それでこれからはどうしようか。協力者を通じてショウブ堂の内情を探って、バックが何かを調べるのよね。でも、どうやって・・・」

 「そうね、私もどうしたらいいか考えてたんだけど・・・」
そこで芳佳は少し沈黙した。
「あのね、梨沙ちゃん、ちょっと言いにくいんだけど、一つ私に考えがあるの。聞いてくれる?」

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 次の日の放課後。駅の近くまで来たところで、梨沙はさり気なく周囲を確認すると、一人で下校しようとしていた男子に声をかけた。
「あの、新井くん、ちょっといいかな・・・」

 「え、谷村さん? どうしたの?」
声をかけられて振り向いた男子は明らかに動揺していた。いきなり、クラスメイトの憧れの女子に声をかけられたのだからそれも無理はなかった。

 「・・・うん、ちょっと相談したいことがあるんだけど、時間あるかな・・・」
梨沙は伏し目がちに言った。これから話すことを考えると気が重かった。

 二人はそのまま並んで歩いて駅の横を通過し、駅の反対側にあるファミレスに入った。それは梨沙の希望で、他の生徒達の眼を避けるためだった。

 昼下がりのファミレスは空いていて、梨沙達は奥の窓際の眺めの良い席に案内された。二人ともコーヒーを注文し、それが届くまでは気まずい沈黙が続いた。

 そしてコーヒーが二人の前に置かれ、ウエイトレスが席を離れると、新井が口を開いた。
「どうしたの、谷村さんが俺に相談なんて・・・」
新井は一番の疑問を口にした。もちろん、学校一の美少女で気取らない性格の梨沙に惚れてはいたが、あまりに高嶺の花で、告白どころか話しかけることもほとんどできなかった。特に格好いいわけでもなく、スポーツが得意なわけでもなく、勉強の成績も中くらい、取柄と言えばおちゃらけ者で男子に少し人気があるだけの自分に、梨沙が好意を持つとも思えなかった。いや、でも、ひょっとして・・・顔を赤らめてためらう少女の様子を見ながら、新井の心の中に淡い期待が芽生えた。まさか、梨沙ちゃん、本当は俺に好意を・・・
「何か分からないけど、俺にできることなら何でもするよ。」

 「うん、ありかとう、新井くん・・・」
梨沙は少しだけ気が軽くなり、上目遣いで少し微笑んだ。その仕草がどれほど男子に期待させてしまうか、梨沙は全く分かっていなかった。


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