PART 1

 白石聡美は都立S高校の2年1組の生徒だ。S高校は都立高校の中ではトップの高校で、毎年T大に十数人を送り込んでいる名門校だ。聡美の実力なら、もっとレベルの高い私立の女子高校でも合格したであろうが、共学の方が教育上良いだろうという両親の方針に従ったのだ。
 入学後の学年共通実力テストでは常に1位か2位だった。聡美と1位を争うのはいつも三井薫で、二人は大の仲良しだった。薫は聡美と同じ1組だ。薫も聡美同様もっと上のレベルの高校に入る実力を十分持っていたが、家庭の経済的事情で仕方なく都立(といっても最高レベルだが)に入学したのだ。

 外見については、聡美がショートカットの似合う活発な愛くるしさを持っているのに対し、薫にはロングの似合うお嬢様的な清楚さがあった。性格は、聡美が何事もはっきりした男まさりのタイプなのに対し、薫が思慮深いタイプだ。対照的な二人ではあったが、お互い相手の自分に無い部分に魅力を感じていた。また、自分の頭のレベルと合う話相手が他にいないというのも仲のいい大きな理由だ。
 そんな二人の会話の内容の大半は、将来の夢か、勉強のこと、あるいは男子のことだった。男子のこと、と言ってもあの人がいいといった類ではなく、なぜうちの学校には頭が良くて格好いい男子がいないか、ということと、この前誰それから誘いがあったけど断った、といったものばかりだった。

 S高校は共学とは言っても、クラス38人中、女子は7人しかいない。一学年は3クラスであり、合計で男子は約百人、女子は二十人ほどだ。従って、S高校の恋愛市場は圧倒的に女子有利だった。さらに、S高校に入れるほどの女子は厚い眼鏡の似合うタイプが多かった。その中で聡美と薫に人気が集中するのは当然であり、2年生のみならず、全学年の男子が二人に憧れているといっても過言ではなかった。その結果、二人は男子からの誘いをいかに断るかに苦労し、お互いに愚痴をこぼすのだった。

 ――――☆☆☆――――☆☆☆――――☆☆☆――――

「ねえねえ聡美、ちょっとこっち来てよ」
 昼休みに本を読んでいた聡美に声をかけてきたのは、同じクラスの野中美智代と町田由美だった。聡美にとっては意外な相手であった。

「うん、何?」
 聡美は生返事をしながら戸惑っていた。美智代達とはそれほど仲が良い方ではないのだ。別に嫌いではないのだが、美智代の方で引け目を感じているのか、何となく距離を置かれているように感じていた。比較的親しい男子の中村祐介によれば、聡美がもてることに少しひがんでいるらしかった。

「いいから、ちょっとこっち来てよ」
 美智代はすっと席を立ち上がり、廊下の方へ歩いていった。仕方なく聡美も後を着いて行く。
(何かしら? やな感じ)
 聡美の疑念はさらに広がっていった。

 廊下に出ると美智代は外に向かって歩いていく。結局聡美は体育館の裏まで連れていかれた。そこは薄暗く、ほとんど人通りがない場所だった。
(何で、こんな所に? 喧嘩でも売るつもり?)
 聡美は思わず身構える。

 そこでは男子が二人待っていた。同じクラスの高野良幸と中山和彦だ。聡美はますます嫌な予感がした。良幸はまぐれでこの高校に受かった程度のレベルであり、入学後も遊んでばかりのようだった。親が医者なので将来の心配はあまりないらしい。
 和彦は逆に頭が良く、実力テストでも常に一桁の順位を取っていたが、聡美をしつこく誘ってきたので、冷たく振っていた。頭はいいが、いかにもT大にいそうな鼻持ちならないタイプで嫌いだった。
(だけど、どうして二人が一緒にいるのかしら?)
 二人の接点が分からない聡美はやや疑問に思った。

「あのさあ、ちょっと聡美ちゃんに見てもらいたいものがあるんだけどさあ」
 良幸がへらへら笑いながら話しかけた。

 聡美はそのおもねるような笑い方が大嫌いだった。
「なに?」
 どうしても冷たい声になってしまう。

「まあまあ、そんなつれない声出すなよ」
 今度は和彦が偉そうな口調でいいながら、鞄から数枚の紙を取り出して聡美の方へ向けた。それは写真だった。

 聡美はつい興味を持って覗き込んだ後、嫌悪に顔を歪めた。
「やだ、何、これ」
 聡美は軽蔑に満ちた声で言った。それは女子の着替えの盗み撮りの写真で、顔は写っていないが、白いブラとパンティだけの体が写っていた。さすがにフラッシュは焚いておらず、やや暗めの画像だが、スケベな男子には十分な価値がありそうだった。

「やだ、じゃなくてさ、わかんないかな〜? じゃ、次見てよ」
 良幸は2枚目の写真を聡美に見せた。

「え? きゃあ、いやっ!」
 聡美の目が見開かれ、声が大きくなった。今度の写真には顔が写っており、それははっきり聡美本人と判別できるものだった。
(ひどい! 誰が? いつの間に?)
 一瞬の間に頭にいろいろな思いがめぐり、混乱する。

 うろたえる聡美の様子を見て、美智代は小さく微笑んだ。
(ふふ、男まさりの聡美ちゃんもさすがに恥ずかしいみたいね?)
「高野君、早く3枚目も見せてあげてよ」

「そうだな……ほら、これなんかすごいだろ?」
 今度の写真は下半身正面からのアップだ。白いパンティ、そして股間が大写しになっている。さっきの写真と見比べれば聡美のものと分かる仕組みだ。しかも股間の部分はうっすらと黒いものが透けて見える。聡美は恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらもすばやく自分の写真の股間をチェックしてしまった。
(良かった、ヘアははみ出ていないみたい……)
 一瞬安堵したが、やはり自分の陰毛が透けて見えることを再認識し、再び落ち込んだ。

 聡美のその一瞬の安堵の表情を美智代は見逃さなかった。
(安心したのかな? でもね。恥ずかしいのはこれからよ!)
 ちらりと視線を送り、和彦に次を促した。

「なあ、白石、この写真、どうしようか? 俺としては是非クラスで回覧したいんだけどな〜。 クラス委員が下着姿と股間のドアップのサービスなんて、みんな喜ぶぞ」
 和彦がわざとクラス委員、と言って聡美をからかった。聡美は担任の信頼も厚く、2年1組のクラス委員に指名されていた。

 聡美は3枚の写真を前にしてしばらく黙り込んだ。
(これは体育の着替えの時の写真ね……分かった。美智代か由美が隠し取りして、写真部の良幸に現像させたのね……なんてことを!)
 頭の良い聡美にはすぐに裏が分かったが、どう対応すべきかが分からなかった。ここは落ち着いて、取りあえず相手の要求を聞いてみるのよ。対抗策はそれからだわ……

 聡美は俯いていた顔を上げると、和彦の顔をまともにきっと見つめた。
「それで? 私にどうしろって言うわけ? 言っとくけど、こんな写真ばらまいたら、ただじゃおかないわよ。あんたたちみんな退学にしてやるから!」

 和彦は予想外の聡美の反撃に、一瞬気圧されたように黙り込んだ。しかし、すぐに体勢を立て直して反論する。
「おーおー、言ってくれるじゃない、さっすが学年1の秀才さんだ。だけど、ちょっと甘いんじゃないの? まず、この写真を誰が撮ったか、誰が現像したか、誰がばらまいたかを証明できるわけ? はっきりした証拠がなけりゃ学校も退学になんかできないんじゃないか?」
 そんなことない、と言いかける聡美を手で制しながら話を続ける。

「それにさ、もし万一、これが俺らの仕業という証拠があったとしてもさ、由美子の親父が国会議員ってことを忘れちゃいないか? 法律違反だって揉み消せるんだから、学校に圧力かけるなんて簡単だろうな? しかも親父さん、文科省出身だぜ」
 自分の言葉が聡美に確実に打撃を与えているのを確認しながら、和彦は切り札を持ち出した。
「あとさ、確かお前の将来の夢って、外交官だよな。こんなスキャンダルあってもなれるのかなあ。入省の時はうまく隠し通しても、あとからマスコミにばれたりしたら、『美人外交官の女子高生時代』とか言ってめっちゃ喜ぶぜ。外務省でも煙たがられて、どっかの小国に飛ばされたりして」

 聡美は和彦の反論に再び沈黙した。卑怯だけど、確かに一理はあった。あとは条件闘争しかない……
「それで、私にどうしろって言うのよ?」
 今度は声も心なしかトーンが落ちていた。

 和彦は満足そうに頷いてから、要求を言った。
「やっと分かってくれたようだな。何、たいしたことないんだよ。ちょっと写真部の協力をしてもらいたいと思ってさ。ここでスカートまくってパンティ見せてくれない?」

 聡美にはようやく4人が一緒にいる理由が分かった。接点は聡美なのだ。振られた恨みをもつ和彦、写真部でストーカーっぽい良幸、聡美の容姿と知性に嫉妬している美智代、国会議員の父を持つ由美はきっと美智代に誘われたのだろう。
 しかし、背景が分かったからといって打開策は見えて来なかった。
(4人の前でスカートを捲ってパンティを見せるなんて、できるわけない!……だけど、あの写真がクラスのみんなに見られるのはもっと困る……そんなことになったらもう学校にこれないわ……)

 困惑で固まった聡美を見ながら、美智代は楽しそうだ。
「あ〜ら、学年一番の優等生さんに、こんな簡単なことも分からないのかしら? いいわ、嫌みたいだから写真を配ることにしましょ。みんな喜ぶわ〜。聡美ちゃんのセミヌードだもんね〜、さ、行こ、みんな」

 それが美智代の演技と分かっていても聡美は止めざるを得なかった。
「分かったわ。ここでやるから……」
 声に動揺を出さないように言ったつもりだったが、ややかすれ声になってしまった。喉がからからだった。


次章へ 目次へ

アクセスカウンター