PART 3

 様々な思惑が乱れ飛んだ5時間目がようやく終わった。6時間目までは10分の休憩時間だ。
 一番早く動いたのは和彦だった。すばやく良幸と美智代を呼び寄せ、何事かそれぞれの耳元に囁いた。話を聞いた良幸は教室の外へ、美智代は立ち上がってクラスの誰かを捜し始めた。

 ほぼ同時に席を立ったのは薫だ。素早く席を立ち上がると聡美の脇に駆け寄る。
「聡美ちゃん、どうしたの、そのスカート?」
 優しく、できるだけ刺激しないように話しかけるが聡美は俯くばかりだ。両手の拳を固く握っているのが痛々しい。
 薫には思い当たるところがあった。少しためらった後に意を決したように話し出す。
「あのね、聡美ちゃん、私の話を聞いて……」

 その時、後ろから声がした。
「あ〜ら、薫ちゃん、ちょっとこっち来てくれないかしら?」
 それは美智代だった。顔はにっこりしているが眼は笑っていない。薫は一瞬怯えた表情になる。
「分かったわ。元気出してね、聡美ちゃん」
 薫はそう言うと、名残惜しそうに聡美の元を離れた。
 聡美がそっとそちらを見やると、美智代が薫に何やらこそこそ話しているのが見えた。
(なんだろう? 何でも相談しあえる仲だと思っていたのに……)
 親友にも見捨てられた気分になった。

 また、男子達の集団はこそこそ囁き合いながら和彦のもとに集まってきた。彼が今回のキーマンと見て次々に質問責めにする。
「おい、白石になんかしたのかよ」
「お前なんか思いっきり振られたくせに」
「うるさいよ。おい、何て言ってあんな格好にさせたんだよ」
「どうせならもっと上げさせてくれよ。聡美のパンチラが見れたら、俺、死んでもいい!」
 しかし、和彦はにやにや笑ったまま答えようとしない。ようやく質問と罵声がやんだ頃にようやく口を開いた。
「まあ、そんなに焦るなよ。邪魔しなければ、もっと聡美のいいところが見れるかもしれないからさ」

 聡美と薫と美智代を除く女子4人は部屋の奥の方に固まってひそひそ話をしていた。
「ねーねー、由美。何か知ってるんでしょ?」
「聡美はどうしてあんな馬鹿みたいな格好してるのよ?」
「どうせならもっと恥ずかしい格好にしてよ」
「なんか、聡美っていっつも自分だけは違うって態度で、感じ悪かったよね〜」
「パンツ丸出しにしちゃえば〜?」
「プライドの高い聡美ちゃん、どんな顔するかな」

 珍しく話の輪の中心となった由美だったが、
「うーん、どうしたらいいかな、美智代ちゃんに言ってくれないかな」
 と肯定とも否定ともつかない返事をするだけだった。

 休み時間の終わりぎりぎりになって、美智代が聡美の席に近づいて来た。またにやにや笑いを浮かべている。一方の聡美は怯えた表情だ。昨日までの、勉強も出来て品行方正でクラス委員の聡美と、落ちこぼれで遅刻ばかりの美智代、といった構図は完全に崩れていた。

 ――――☆☆☆――――☆☆☆――――☆☆☆――――

 6時間目は数学だ。数学教師の田崎裕を聡美は尊敬していた。もともと頭脳明晰な聡美にとって、理路整然とした数学は大の得意科目であり、好きな科目であった。また、T大卒で29歳の田崎は頭の良さと格好良さを併せ持つ大人の男性であり、聡美の密かな憧れだった。もちろん、そのことは薫にしか話していない。
 
 それだけに聡美は気が重かった。しょっちゅう質問に行き、吸収の早い聡美を田崎も気に入ってくれているように感じられた。その田崎にこんな格好を見られるなんて……聡美はそう思うだけで顔が火照るのを感じていた。
 それに加え、休み時間の終わり間際に美智代からの「指令」が出てしまっていた。その内容は、もし授業中に黒板で問題を解くように指名されたら、必ず問題を解き終わる直前に、チョークを落として、膝を伸ばしたままクラスメイトに背を向けて拾え、というのだ。要するに、パンティだけの尻を、クラス全員と田崎の前で公開しろ、というのだ。

 しかし一方で、聡美は疑問に思っていた。
(どうして美智代はそんなことを言ったのだろう。田崎先生はいつも出席番号順に指名するんだし、私は先週当たったばっかりだから、今日は当たるわけないわ。ま、少なくとも指名の心配はないわね……早く6時間目が終わらないかしら。とにかく、早く何とか対応策を考えなきゃ)
 そんなことぐらい和彦は計算済みの筈、といつもの聡美なら当然気づくのだが、今はつい自分の都合の良いように考えるようになってしまっていた。

 田崎はいつもどおり、5分遅れで教室に入ってきた。高校生は頭を1時間近く使ったら、15分は休憩した方が良い、という信条を持っているのだ。
 授業が始めるとしばらくは新しい分野の説明が続いたが、田崎は聡美の破廉恥な格好に気づいていないようだった。聡美は不幸中の幸いに内心ほっと一息ついていた。

 授業があと20分となった頃。田崎が黒板に問題を書き始めた。
「じゃあ、練習問題を解いてもらおうか。教科書の問題よりは一ひねりあるからな」
 教科書の問題はレベルが低いからそれくらいは予習しておくように、というのが口癖だった。

 黒板に書かれた問題は8問あった。黒板を左右に分けて、左に上から(1)〜(4)、右に(5)〜(8)と並んでいた。

 問題を見て聡美には概ねの解法が浮かんだが、一つだけ疑問があった。
(どうして(5)が一番難しいのかしら? しかも飛び抜けて難しいわ。いつもは難しい問題は(8)のはずなのに)

 そんな聡美の疑問をよそに、田崎が解答者を指名し始めた。やはりいつも通り出席番号順だ。(5)の回答者を発表したときに、和彦が何か言いたげに大きな咳払いをしたが、田崎は無視して続けた。聡美はほっと胸をなで下ろした。
(解答と解説で20分はかかるからもう大丈夫……)

 8人が教壇に上がり、問題を解き始めた。いくら易しめとはいえ、初見で大抵の問題を解けるのはさすがS高校の学生だ。8分後、(5)の前で唸っている高橋一人を残して、全員が解答を書き終わり、席に戻っていった。

 10分が経過したころ、高橋の席を間借りしている田崎が黒板に向けて声をかけた。
「どうした、高橋、ギブアップか?」
「先生、ちゃんと人を見てくださいよ。俺に解ける訳ないでしょ、こんなの」
 高橋はどこか愛嬌のある顔で口を尖らせた。クラスに笑いが広がる。

 田崎もつられて笑いながら言った。
「そりゃそうだな、悪かった。確かに、この問題は難しい。これが一発で解けたらT大の入試も数学だけは俺が保証するよ。誰か、我こそはって奴いないのか?」
 田崎は意味ありげな視線を和彦に投げた。

 和彦もようやく田崎の意図が理解できた。小さな笑みを返しながら言った。
「先生、それ解けるなんて、白石さんくらいですよ」

「そうか。仕方ないなあ……それじゃあ白石、ちょっと解いてみせてくれ」
 田崎はわざとらしい演技をしながら言った。

 後ろから突っつかれた聡美は慌てて顔を上げた。
「聡美、指名されたわよ。5番よ」
 聡美はしばらくぼんやりしていたが、見る見る体が震え始めた。
(嘘、指名されたなんて! みんなの前で恥ずかしい格好しなくちゃいけないの?)

 しかし、やるしかない。クラス全体の注視を受けながら、聡美はいつになくのろのろ立ち上がった。そして、ゆっくり教壇に歩いてゆく。超ミニ状態のスカートから露出した太股が白く、紺のセーラー服とのコントラストが何ともエロチックな眺めだった。

 このとき、田崎は初めて和彦の意図を悟った。さっきの休み時間に良幸が走ってきて和彦からの伝言、といって以下のことを告げたのだ。
「6時間目に、必ず白石聡美を指名すること。聡美が解く問題は必ず黒板の一番上にすること。これをしなければ由美の親の受けも悪くなる」
 言い方はもっと婉曲だったが、内容はそんなところだった。教育界での出世を求める田崎としては由美の名を出されては逆らえないし、大したことじゃないと思ってOKしたのだ。いつもの指名の原則を崩さないようにするのに頭を使ったが。

 いつも可愛がっていた聡美が、何らかの事情で和彦に苛められている……田崎にも想像がついたが、どうすることもできない自分に苛立っていた。しかし、もし和彦の真意を知っていたとしても、結果は同じだったろう。聡美は確かに可憐で優秀だが、それでも自分の将来の方が大事だ。
 それより聡美の格好の悩ましさはどうだ。あんな超ミニスカートだったら、教壇に上がるだけでも、パンチラが見えそうだ。しかも、慎重156cm程度の聡美があんな高いところに書くには相当背伸びしなければならない。そうなったら聡美のパンチラが見放題だ……不覚にも田崎は下半身の充血を押さえられなかった。

 その田崎の思いは、教室の男子全員も同じだった。淫靡な期待の視線を一身に集めながら、聡美は教壇に上がった。それは、死刑台に上るような気分だった。私、これからみんなの前で恥をかくのね……


次章へ 目次へ 前章へ

アクセスカウンター