PART 74

 結局、有希の抗議はうやむやにされ、緊縛姿を掲載したSupershotは通常どおり販売されてしまった。
 その号はあっという間に評判を呼び、あちこちで売り切れとなった。その日1日、書店からの増刷依頼が殺到して、担当者は業務に支障が出たほどだった。

 そして有希は、今日は休んでもいいよ、と鳥飼に気を使われたが、甘えることはできなかった。今日は、初めて一人で園城寺の原稿を受取に行く約束をしていた。原稿を渡された時にさっと読み、的確な感想を述べるのは編集者として重要な仕事の1つだった。

 服装を変える余裕はもちろん無いので、有希は恥辱の記事と同じ姿のままで業務をするしかなかった。電車の中では明らかに注目を浴び、有希はいたたまれない気持ちだった。吊革に掴まって立っていると、目の前に座っていた高校生男子の集団が「Supershot」を取り出して回覧し始めた時は最悪だった。

 救いだったのは、園城寺がそのことを全く話題にしなかったことだった。有希は憧れの作家の原稿を最初に読めるということに感激し、暫く没頭した。そして、素晴らしいです、特に・・・の点が今までと違っていますね、と指摘すると、園城寺は嬉しそうに笑って頷いた。

 有希はそれから一週間、仕事に没頭することで気を紛らわそうとした。ただ、時おり他の部の社員が有希を見物に来るのが辛かった。また、営業部からは、先方が強く要望しているので、クライアントへの接待に同席してほしい、という要望がいくつも来たが、上司や鳥飼達が全て断ってくれた。

 もう一つの救いは、記事の画像がネットでほとんど出回らなかったことだった。これは、F・ネットセキュリテイが対策をしてくれたためだった。責任を感じた笹倉が無料で記事の画像全てを登録し、匿名掲示やSNSまで徹底的に監視してくれたのだ。
 またそれは副次的な効果として、Supershotの更なる販売拡大に貢献した。営業部や第2編集担当の須藤は大喜びしたが、有希は複雑な気分だった。大丈夫、こういうのは一過性のものだから、と慰めてくれた鳥飼の言葉にすがるしかなかった。そうよ、この前のサンバの写真の時だって、少しずつ、少しずつ、収まっていったじゃない・・・あの雑誌のことは、気にしないようにしよう・・・

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 しかし、その有希のせめてもの願いは、一週間後の水曜日にあっさりと裏切られることになった。

 『スクープ! 本誌美人記者の緊縛動画が流出!?』
・・・電車の吊り広告にそのタイトルを見た時、有希は息が止まりそうになった。周囲の客がちらちらと有希の様子を窺っているのが分かった。

 ターミナル駅で乗換えの時に通りがかった売店では、一番目立つ位置にSupershotが山積みになっており、通勤途中らしい男性が何人も手に取っていた。
 次の電車に乗ると、前の男性が立ちながら、そのSupershotを読んでいた。

 (ま、まさか・・・)有希は背中越しに、恐る恐る覗き込んだ。見開きの右側の一枚の写真が目に入った。
「・・・あ、いやっ!・・・」
有希は思わず悲鳴をあげた。それは、有希がスーツ姿で緊縛された写真だった。

 上半身はジャケットとブラウスをはだけられて純白のブラを露出させられ、さらに後ろ手縛りに縄をかけられ、乳房が絞り出されていた。
 下半身は、右足がロープで高々と吊り上げられ、タイトミニが捲れて純白のパンティが露出していた。腰には股縄縛りが施され、真ん中の秘裂に麻縄が深々と食い込んでいた。また、破かれた薄黒のストッキングが太ももの真ん中に絡み付き、襲われた直後のような淫靡な雰囲気を醸し出していた。
 そして、写真の中の有希はどこか怯えたような、悩ましいような瞳でこちらを見つめていた。

 有希が一瞬呆然としていると、若い女性が電車の中で痴漢に遭ったような悲鳴に周囲の乗客がぎょっとして見つめた。そしてその女性が今や有名人の有希と知ると、さらに驚愕した。そのページを熱心に見ていた男性も思わず振り返り、それが緊縛写真の本人だと知ると絶句し、慌てて雑誌を閉じたのだった。


 ようやく会社に着いた有希は、挨拶も早々に課長の森尾が持っていたSupershotを借りて、袋とじのページを開いた。
「ちょ、ちょっと! ひ、ひどい・・・」

 右側のページの写真は、さっき電車で見たのと同じ立だった。すなわち、緊縛片足吊りでブラウスをはだけられ、ストッキングを破かれ、ブラとパンティが露出しているものだった。そして白いパンティの中心には、縦に深く麻縄が食い込んでいた。
 左側にも大きな写真が配置されていた。それは一見、先週号と似ている四つん這いポーズだったが、股間を通った縄の1つがまっすぐ天井に向けて伸び、有希の腰を高々と吊り上げている点が違っていた。そのため、開いた尻の溝に縄がパンティを巻き込んできつく食い込み、生尻が半分近く露出していた。破れた黒いストッキングが太もも半ばまでを覆っているのが却って扇情的だった。そして、先週号ともう一つ異なる点は、有希の首がひねられ、カメラを向いていることだった。写真の中の有希は切迫したような表情で、何かを訴えるように口を開いていた。
 さらに、その大きな写真の余白的な部分には、様々な痴態の写真が配置されていた。股縄を巻かれている途中の姿、片足吊りを斜め下から見上げた写真、有希の切なそうな表情、股間に食い込んだ瘤・・・

 記事のタイトルは、『非道!! アイリス映像、当社美人社員の破廉恥映像を無断でネット販売!!』となっており、記事の内容は以下のようなものだった。

・有希との緊縛勝負の際、アイリス映像は断りもなく、何台ものカメラ、ビデオカメラであらゆるアングルから痴態を撮影した。
・今週月曜日の午後、その動画を「アイリス・オンライン」上で水曜日の12時から販売すると、アイリスからS書房に連絡があった。
・当社は、取材に行った記者の映像を無断で公開し、販売するのは道義にもとると抗議したが、受け入れられなかった。また、できれば有希に字幕を読んで声を入れて欲しいと、その動画を送ってきた。
・動画の内容を確認したところ、そこには、想像以上に淫らな緊縛責めに悶える本誌記者の姿が映っていた。下着に包まれた乳房や尻、股間がいやらしい角度から撮影され、縄がもたらす異様な感覚に思わず喘ぎ声を漏らし、悶える様子までもが克明に記録されていた。そのほんの一部が、紙面に掲載されている写真である。しかし、高精細動画の迫力・生々しさは写真の比ではない−−−
・当社としては断固、認められるものではないため、引き続きアイリス映像に厳重な抗議を行う。場合によっては法的手をとることもありうる。読者の皆様も、決してこの動画を購入しないで欲しい。

 「・・・な、何なの、これ・・・」
有希は手をわなわなと震わせながら呟いた。これはどう見ても、アイリス映像の動画をネタに、有希の恥辱写真を載せて、販売拡大をしているとしか考えられなかった。そしてその記事では、動画では有希のもっと恥ずかしい姿が見られると宣伝し、購入を促しているようにしか思われなかった。パンティの中心に縄が深く食い込んでいる写真・・・それは、縄の真下が秘裂だと言っているようなものだった・・・

 第2編集担当に抗議に行こうと有希が席を立ちかけた時、後ろからぽんぽんと肩を叩かれた。それは課長の森尾だった。
「二階堂君、気持ちは分かるけど少し落ち着いて。もう、宮本部長から須藤課長に状況確認をしてもらっているから。その結果を待って対処策を考えよう。場合によっては須藤課長に厳しい処分が下るだろうな。」

 「そ、そんな・・・分かりました・・・」
有希は収まらない怒りに震えながら、仕方なく頷いた。そんな悠長なことを言っている間にも、有希の恥辱写真を掲載したSupershotは売られ続けているのに・・・それは、22歳の女性として耐え難いことだった。しかし、出版社の社員として、急にどうすることもできないこともまた分かっていた。とにかく早く宮本部長が判断を下し、販売を極力搾ること、須藤に厳正な処分を下し、アイリスに販売を中止させること・・・有希はそれだけを祈りながら、通常業務に取りかかるしかなかった。

 ただ、有希にはもう一つだけ確認しなければならないことがあった。それはもちろん、今日から発売されるという動画の内容だった。一体、どんな動画なのかを知っておかないと・・・有希がおずおずとその旨を告げると、森尾はあっさり了解し、アイリス映像から提供されたと言う、特別のIDとパスワードを教えてくれた。また、そのページは12時まで未公開であり、S書房からアクセスした場合だけ事前に見られるように設定されているとのことだった。

 有希は鳥飼に離席する旨を告げると、自分のノートPCを会議室に持ち込み、アイリス・オンラインにアクセスした。
「・・・きゃ、きゃっ・・・」
いきなりAVの宣伝画面が表示され、有希は悲鳴を上げた。そして気を取り直すと、恐る恐るその画面を見た。

 『「可愛すぎる新入社員」二階堂有希、緊縛責めで悶絶!?』
有希の動画は扇情的なタイトルを付けられたバナーを作られ、他のAV作品と並べられていた。またそのバナーには、有希の美貌のアップとスーツでの片足吊り緊縛姿が並べて表示されていた。それは、事情を知らない者が見れば、有希はAV女優の1人にしか思えない構成だった。あと数時間後に、このホームページは世界中に公開され、大勢のいやらしい男達に見られてしまうのだ・・・

 有希は怒りと恥ずかしさに震えながら、そのバナーをクリックした。
「・・・! いやあっっ・・・」
・・・それは、AVの紹介ページと全く同じ構成だった。左上にDVDのジャケット風の画像が表示され、その画像をクリックするとご丁寧にジャケットの裏画面まで表示された。ページの真ん中あたりにはサンプル画像が10枚ほど表示されていた。そしてその下には紹介コメントだ。
『あの「可愛すぎる教育実習生」として衝撃のお尻タンバリンをスクープされた二階堂有希ちゃんが、無謀にも緊縛勝負に挑戦! たっぷり縄の味を教えられ、うっとり悶える姿をご堪能ください。』
 
 その下には料金が1,000円と記載され、『今回は期間限定、5分間のストリーミングのみ!』と付記されていた。

 紹介ページを一通り見た後、ついに有希は、購入ボタンをクリックした。すると、様々な料金の支払方法が表示され、その中の一つに、購入済みの方はこちら、というボタンがあった。そこをクリックすると、今度はIDとパスワードの記入を求められ、有希は先ほど課長からもらったものを入力した。

 アクセス中・・・という表示が数秒間続いた後、ついに動画の再生が始まった。

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<0:00>
有希の濃紺のスーツでの立ち姿が映り、にっこりと挨拶。
「・・・はい、S書房の新入社員、二階堂有希です。今日はアイリス映像さんの突撃取材をしています・・・今日は私、緊縛に挑戦してみたいと思います! 30分間耐えたら私の勝ちです! 城田監督、どうぞよろしくお願いします。」
また画面の下部には、ピンクの文字でコメントが表示。
《この時の私はまだ、縄の味を知りませんでした・・・まさか、あんなに、気持ちいいなんて・・・》


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