PART 12

 彩40ー浩0からの4ポイント目。

 浩は1stサーブを失敗してしまい、絶対ダブルフォルトはできないため、緩いセカンドサーブを打つことになった。コースも安全重視でサービスラインの少し前で弾んだボールは、打ちごろの高さに上がっていった。

 その瞬間、コート上の各人の頭に様々な思いが渦巻いた。
(やばっ、打ち込まれる)
(もらった! リターンで決めるわよ!)
(あーあ、終わったー)
(馬鹿だなあ、滝沢)
(きゃあ、これで滝沢さん、裸になっちゃう!)
(男の裸なんてなー)

 突然、時間が停止した。
 急に青い霞がかかった光景に浩は戸惑った。
(あれ、時間止めてないのに……あ)
 コートサイドに顔を向けると、2人の女子が立ち上がり、浩に呆れた表情を向けていた。

 2人はつかつかとコートの中へ歩きながら愚痴をこぼした。
「あのー、サーブくらいちゃんとしてくださーい。フォローがたいへんなんですけどー」
 麻実がそう言いながら少し腰を屈め、彩が打とうとしているボールを15センチほど持ち上げた。ラケットのフレームに何とか当たる高さだ。
「変なイレギュラーばっかりだったら怪しまれちゃいますよ……もう、仕方ないなあ」
 美里は彩の前から手を伸ばし、スコートの裾をぱっと持ちあがた。
「ふふ、これで気がそれるかな?」
 満足気にコートサイドに戻る二人を見ながら、その手際の良さに浩は舌を巻いていた。

「はい、それじゃあ時間停止、解除しまーす」
 麻美が明るい声でそう言って右手で宙を払うように動かすと、青い霧がすっと晴れた。

 時間停止が解除された。
「え?」
 彩が戸惑った声を上げた。打ちごろのボールが飛んできてラケットの真ん中で捉えた筈だったのに、なぜかラケットの上のフレームに当たろうとしている……
(イレギュラー?)
「えいっ!」
 声を上げて必死にラケットの位置を修正しつつを振り切ったが手遅れだった。ボールはラケットの上ぎりぎりに当たると、力なく前へ飛んでいき、ネットのはるか手前にぽとりと落ちた。

「そ、そんな……」
 呆然とボールを見送った彩は、ふと下を見て、スコートの前が大きくまくれ上がっているのに気づいた。白いアンダースコートがほとんど露出している
「きゃあっ!」
 彩は小さな悲鳴を上げ、手を下ろしたがこれも手遅れだった。

「またスコート捲れてる!」
「エロい風だな(笑)」
「相変わらず太ももむっちり」
「滝沢、がんばれよー」
 野次馬と化したギャラリーからからかいの声が上がり、彩の表情が強張った。

「フィフティ・フォーティ。クワイエットプリーズ、静かにしろ!」
 審判の武田の声が響くと、ようやくヤジが収まった。

「若杉さん、どんまいでーす」
「イレギュラーだから気にしないでください」
 美里と麻美の声が響くと、他の女子たちも続いた。
「そうよ、あと一本で終わりですよー」
「頑張ってくださーい」

 彩40ー浩15の5ポイント目以降も、麻美と美里の巧妙な時間停止によってポイントを重ねた浩はついにアドバンテージを取るに至った。

 アドバンテージ浩での浩のサーブ。ボールを地面につく浩を見ながら彩は必死に心を落ち着けていた。
(絶対にこのゲームを取って終わりにするのよ。滝沢くんの裸でのプレーなんて見たくないから、そこは許してあげることにしよう……そのためには、まずこのポイントをしっかり取ること。大丈夫、サーブをしっかり返してエースでも取れば、イレギュラーも関係ないわ……)

 自分を睨みつける彩の姿を、浩は余裕を持って見つめていた。
(俺一人だったら無理だけど、あの二人は無制限に同じもの弄れるからなー、楽勝(笑))
 しかし、浩の会心のサーブに対して返ってきたリターンは予想以上に厳しかった。コートのサイドぎりぎりコーナーめがけて鋭い球が突き刺さってくる。
(まずい、とにかく返さないと!)
 浩は必死に腕を伸ばしラケットの先っぽぎりぎりでボールを捉えた。面だけはなんとか作ることができたが、力ないボールが彩の正面に飛んでいく……
(まずい!)
 浩は再び焦った。コートの端に走ってしまった今、フォア側のコートががら空きになっている。彩がそこに打ち込んできたら、とてもではないが届かない……浩は足を踏ん張って地面を蹴り、コートの中央へと戻ろうとした。

 彩は飛んでくるボールと浩の動きを見ながらポイントを確信した。バックハンドでボールを叩く構えに入る。
(今度こそ……よしっ!)
 浩の逆をつき、アドバンテージサイドを狙ってスイングする。ラケットの芯で捉えられたボールがまっすぐに浩側のコートの隅へと飛んでいく。会心の感触に彩の頬が緩んだ。

 時間が停止された。
「ほーんと、滝沢さんのフォローって大変(笑)」
「ボールの軌道を少し上げて、と」
 美里がスタスタと歩いていき、宙に静止したボールに手を伸ばし、その位置を少しだけ横に動かした。

「危ないなあ、若杉が打つ前にイレギュラーでも、ラケット回転でもしてくれればいいのに」
 冷やっとした浩が文句を言った。

「あのですねえ、何度もバウンドが変わったら、みんなおかしいと思うでしょ」
「そうよ。できるだけ不自然じゃないようにしてるこっちの苦労も分かってください!」
 二人の女子が口を尖らせて抗議すると、浩は苦笑しながら謝った。

 時間停止が解除された。コートの隅に落ちるかと思われたボールは、少し軌道が逸れ、サイドラインを割ってしまった。
「アウト。ゲーム、滝沢!」
 武田の淡々としたコールが響くと、コートは一瞬、静寂に包まれた。

「そんな、嘘でしょ……」
 彩は呆然とつぶやいて立ち尽くした。きちんとラケットの真ん中で捉えて、しっかりドライブもかけたのに……

 そんな彩を尻目に、コートはあっという間に喧騒に包まれた。
「おお、まさか!」
「白いアンスコ脱いでー(笑)」
「今日はどこまで脱いでくれるかなあ?」
「滝沢、まぐれでもいいから頑張れよー」
「ちょっと男子たち、いい加減にしなさいよ!」
 武田が静かにしろ、と何度言っても盛り上がりはしばらく収まらなかった。

 浩1−彩0からの第2ゲーム。今度は彩のサービスだ。

 皆が注目する中、アンスコを脱いだ彩は最初のポイントをレシーブエースで取ったが、次のポイントはまたもやイレギュラーで失点してしまった。

 彩15−浩15からの3ポイント目。

(さっきからイレギュラーばっかり…なんなのよ)
 彩は気を取り直して必死にレシーブを返した。
(これならどう!)

 しかし彩は知らなかった。知らない内に時間が停止し、ボールの軌道が微妙に変えられて浩が打ちやすい位置に飛んでいき、さらに浩のショットの軌道が実際以上に大きく曲げられていることを。

 彩の予想を裏切り、浩の鋭いショットが返ってきた。
(え、嘘でしょ?)
 彩は必死に腕を伸ばすがボールが逃げるように切れていく。

「滝沢すげえな」
「なんだあの切れてく球」
「回転かけてんのか?」
「あの状態からかよ?」
 ギャラリーは感心しながらも、彩のスコートと太ももから目を離せなかった。もう少し捲れれば……

 男子達の期待はすぐに叶えられることになった。

「えいっ!」
 彩が必死に身体を曲げ、腕を伸ばした結果、スコートが大きくずり上がった。水色のパンティに包まれた張りのあるお尻の形がはっきりと皆の視線に晒された。
「おお、パンモロ!」
「今日は水色パンティ!」
「太ももむちむち!」
「今日も大サービス!」
「いいぞ、滝沢!」
 コートはまたもや男子達の野卑な歓声と拍手に包まれた。

 そして、ボールは非情にも彩が差し出したとラケットの先端を掠めてコートインした。
「フィフティ・サーティ」
「よし、あと2ポイントでもう一枚!」
「滝沢がんばれー」
「若杉さん、負けないで!」

「そんな、嘘でしょ……」
 彩はなかなか現実が受け入れられず、呆然と呟いてしばらく立ち尽くした。

 彩15−浩30からの4ポイント目は彩の集中が途切れてしまい、あっさり浩に取られてしまった。パチパチパチ、と男子から拍手が沸き、それを叱責する女子の声が響いた。

 彩15−浩40となり、ゲームポイントを握られた彩。ギャラリーたちのざわつきが少し大きくなり、じっと彩の様子を見守っていた。

 しかし、ピンチを迎えたことによって逆に彩の表情が引き締まった。余計なことを気にせず、サーブに集中する。
(今日はすごく運が悪いけど、ファーストサーブでエースを取れば大丈夫…滝沢君の裏をかいて流れを取り戻すのよ)
 彩はさっとボールを上げ、クイック気味のファーストサーブを放った。慌てた浩は対応できず、ノータッチエースとなった。
「サーティ・フォーティ」
(よし、もう一本!)

 彩30−浩40。まだ浩のゲームポイントだ。

 (滝沢くんはセンターを警戒している……)
 彩はそう見極めると素早くサーブを放ち、鋭く飛んだボールはサイドのコーナーに決まった。
 必死に手を伸ばした浩は、今度はなんとかラケットに当て、ふらふらとしたボールを彩のサイドに返した。
 しかしそれは、彩に格好のチャンスボールとなった。
「はい!」
 掛け声とともにラケットが一閃し、浩のコートに決まった。いわゆる3球目攻撃だ。
「よし!」
 彩は笑顔になり、右手でガッツポーズを作った。スコートがふわっとまくれて、水色のパンティが見えてしまったが、気にしないようにした。

「デュース!」
 武田のコールと同時に、男子たちが意気消沈した。
「彩ちゃんが本気出しちゃった」
「水色パンティは見れたけど」「あーあ、終わったか」

 圧倒的な実力差を思い知らされた浩は二人の女子にさりげなく視線を向けた。
(お前ら、もっとガツンと助けてくれよ。あんなサーブ取れないよ)

(滝沢先輩こそ、もっと頑張ってよ)
(あんまりやりすぎると不自然でしょ…でも、やっちゃおうかな(笑))
 麻実と美里はあきれた眼差しを先輩に男子に向けた。

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