PART 1

 本澤麻衣子は、公共のテレビ局、N放送の女子アナウンサーだ。入社2年目の23歳、さらりとしたセミロングの黒髪が美しく、いつもにこやかで、人懐こい笑顔が印象的だった。
 私立の難関女子高を出て国立のT大経済学部に入り、大学時代には馬術部でインターハイで入賞したこともあるお嬢様だった。しかし、それを鼻にかけることもなく、場の空気を読むことに長け人の心に敏感な麻衣子は、配属された地方局であっという間にお茶の間の人気者となり、さらには地方局にすごく可愛いアナウンサーがいるとネットで話題になり、女子アナ人気ランキングで地方局の女子アナとして異例の5位に入ってしまった。そのため、わずか一年で本社に呼ばれ、週末の朝のニュースを担当することになったのだった。

 それは女子アナとして、絵に書いたようなとんとん拍子の出世だった。しかし麻衣子はその人気に満足して努力を怠ったり、驕ったりすることはなかった。麻衣子の目標は、人気女子アナになることでも、有名人や金持ちと幸せな結婚をすることでもなく、自分で選んだテーマを取材して、放送することだった。そのため、実はN放送の入局試験においても、制作部門希望として受けていた。しかし、試験の際に麻衣子の美貌と物腰に着目した局側がねばり強く説得し、アナウンサーとして入局することを勧めたのだ。最初は難色を示した麻衣子だったが、同じくT大卒のベテランアナ、前場優子から直々に説得され、了解したのだった。優子は女子アナとして入局したが、キャスターになり、さらには自らテーマを企画して取材するようになっていて、麻衣子の目標の人だった。入局後も麻衣子は優子に目をかけられ、悩みがあると相談する関係になっていた。

 仕事も順調で毎日忙しく、張りのある生活をしていた麻衣子だったが、2つだけ悩みがあった。一つは、麻衣子がどんなに頑張っても、周囲が可愛い女の子としてしか扱ってくれないことだった。自分なりに取材内容を工夫したり、地味だけど地方にとって大事なテーマの取材を希望してもやり過ごされ、可愛いキャラで街角の他愛もないことを取材するように求められてしまった。優子に相談すると、最初から焦ってもいいことはない、まずは周囲の言うとおりに頑張って結果を出すように諭された。

 もう一つの悩みは、迷惑なファンの存在だった。大多数のファンは暖かい応援をしてくれるだけなのだが、ごく一部、麻衣子のプライバシーを詮索したり、エッチな目で見てネットで話題にするファンもいた。胸のサイズは80以上あるだろうとか、お尻がぷりぷりしていてたまらないとか、アソコの生え具合はどうかとか、果ては処女かどうかやどんな下着を付けているかについて論争したり・・・
 さらにはそれらに便乗して、あることないこと、いや、ほとんど捏造情報を流す大衆雑誌の存在も疎ましかった。週刊実○、週刊大○といった雑誌は、関係者への取材と称して、麻衣子の裸はああだこうだと、今は処女だろうから一番の性感帯はクリトリスだろうとか、体位はバックで突かれるのが好きに違いないなどと、勝手に書いていた。さらには、外での取材中に執拗につきまとい、エッチなアングルから写真を撮ろうとすることもあった。
 一度はそれが成功し、ほんの少しではあるが、タイトミニで座ったスカートの正面から撮られてしまい、奥の白い三角の布が写ってしまった。その雑誌が発売された時、麻衣子は今日のニュースを休みたいと優子に相談したが、そんなことは女子アナなら当たり前、と厳しく叱られた。

 若干の悩みはあるものの、麻衣子の女子アナとしてのキャリアは順風満帆だった。

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 ある土曜日の朝5時。その日の放送の事前打ち合わせが行われていた。特別大きなニュースも無かったため、ニュースコーナー、生活情報コーナー、スポーツコーナー、麻衣子が平日に取材した小旅行のコーナー、交通情報、お天気コーナーなど、いつもの手順に従って説明があり、麻衣子はすんなりとそれらの内容を頭に入れた。

 「ありがとうございました。今日もよろしくお願いします。」
麻衣子がにっこりと笑ってスタッフ達に頭を下げた。次いでゆっくりと席を立とうとした。

 「・・・それから、麻衣子ちゃん、ちょっと言いにくいんだけど・・・」
強面だが気は優しい、ディレクターの有川が頭の後ろに手をやった。

 「・・・はい?」
麻衣子は小首を傾げて有川の方を向いた。他のスタッフも意味ありげな顔で自分を見ているのが気になった。
「何でしょうか?」

 「いやあ、何でもないんだけど、その・・・」
いつも明瞭に指示を出す有川にしては珍しい口調だった。
「一つ、教えてほしいんだけど・・・」

 「どうしたんですか、有川さん?」
麻衣子はにっこりと笑って有川を見た。
「いいですよ、何でも聞いてください。」

 「あ、ああ、ありがとう・・・それじゃあ、聞くけどさ・・・今日の下着は、何色?」
有川の言葉につられるように、スタッフ達の視線が麻衣子の腰に集中した。

 「え?・・・」
その瞬間、麻衣子の表情が固まった。一拍おいて、その顔がきっと険しくなった。
「ちょっと、有川さん何言っているんですか?」
地方局でもさんざんセクハラなからかいで不快な思いをしたことがあったが、麻衣子はいつもその時だけは毅然と対応していた。
「いくら有川さんでも、ダメですよ、それは。」

 「い、いあ、違うんだ、ごめん!」
有川は慌ててそう言うと、ポケットの中から携帯端末を取り出した。
「まあ、これを見てくれないか。」

 「え、はい・・・」
麻衣子はいぶかしく思いながらも、その端末の画面を見た。それは、有名な巨大掲示板の中の、「本澤麻衣子応援スレッド」の書き込みだった。時刻を見ると、ついさっきの書き込みだ。

 『今日の麻衣子ちゃんのパンティは、薄いピンク! 白いレースで縁取りしてあって、前の真ん中には黄色い小さなリボン!』
『どうして分かる?』
『俺、麻衣子ちゃんのことなら何でも分かるよ』
『あはは、乙女チックだな。いかにもだけど』
『確認できないからどうしようもないな』
『ストーカーはやめろよ』
『麻衣子ちゃんが自分でスカートを捲って生放送でパンティ見せてくれたら、予言もやめてあげるんだけどな』
『するわけ無いだろ(笑)』
『今日の私のパンティはこれですっ!てか(笑)』
・・・

 「・・・これが、何か?」
麻衣子は努めて平静な風を装った。
「こういうからかいには慣れていますから、ご心配いただくなくても大丈夫です」
その声は、少しだけ震えていた。確か、今日のショーツはピンクに白のレース入りだった。黄色いリボンもついていた・・・偶然なの? それとも覗き? それとも・・・

 「いや、ごめんごめん。この頃毎週、こんな書き込みがあるから、一応、気を付けた方がいいかなと思っただけなんだ。それじゃ、今日も元気よく頼むよ、麻衣子ちゃん!」
有川がそう言って話は終わった。

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 週末の6時半から放送している「おはようニュース」はその日も順調に始まった。メインは男性アナウンサーの栗山と女性アナウンサーの麻衣子であり、ニュースを交互に紹介するのがメインで、その他、視聴者に親しみを感じさせるようなコーナーもあり、二人の軽妙なやりとりに人気があった。

 今日の麻衣子の服は白を基調としたワンピースだった。爽やかな笑顔とあいまって、清楚な麻衣子の雰囲気が強調されていた。

 朝のニュースは忙しい視聴者を想定して、6時半からの30分と、7時からの30分を、ほぼ同じ内容で繰り返すようになっていた。6時半からの30分は順調に進み、後半の7時からの放送に入った。

 最初のニュースは地方で起こった交通事故の件で栗山が読み、次は政治家の汚職事件で麻衣子の番だ。麻衣子は笑みを消し、やや深刻な面持ちでカメラに視線を向けた。

 「○県の知事の汚職事件の続報です。当初は容疑を否認していた知事ですが、新事実の発覚により、・・・」
ほんの一瞬、麻衣子の言葉が止まった。

 ”やっぱりピンクのパンティ、脱がなかったんだね”
脳内に直接、言葉が響いた。

 (嘘! 何、これ・・・)
麻衣子は戸惑いながらも、意識を原稿に集中させた。
「・・・地元の建設業者と面会したことは認めた模様です。今後は現金の受け渡しがあったかが焦点となりそうです。」
麻衣子は冷静に原稿を読み切った。

 さっきのは何だったんだろう・・・麻衣子は不思議に思いながらも、その後のニュース、スポーツコーナーをこなしていった。やっぱり最近、疲れてるのかな・・・

 時刻は7時20分を過ぎ、麻衣子が先週取材した、東北地方の農村地帯を紹介する映像が流されていた。

 『今日も笑顔が可愛いよ、麻衣子ちゃん!』
インカムからディレクターの有川の声が聞こえた。

 ほぼ同時に、脳内で言葉が響いた。
 ”それじゃあそろそろパンティ見せてよ。そこでスカートめくって!”

 「・・・え?」
麻衣子は思わず声を出し、カメラの横に立っている有川の顔を見た。しかし有川はいつもの笑みを浮かべているだけだ。

 「麻衣子ちゃん、どうかした?」
隣に立っている栗山が声をかけてきた。

 「い、いえ、大丈夫です。すみません。」
麻衣子は小さく頭を下げた。やっぱり幻聴かな・・・さっき、変な書き込みを読んじゃったから・・・

 7時25分。交通情報も終わり、最後のお天気コーナーになった。お天気キャスターは24歳の小西彩香で、可愛らしい服を着ていた。天気図を表示した大きなディスプレイの右側に彩香が立ち、麻衣子は左側に立つのがいつもの配置だった。

 「それではお天気です。小西さん、今日も穏やかで暖かいですね?」
麻衣子は彩香に話しかけた。

 「はい、今日も全国的に青空が広がりそうです。ただ、夕方は風が強く吹くところも・・・」
風という言葉に合わせ、ビュウ、という効果音が鳴らされた。

 ・・・同時に、スタジオ内で局所的な強風が発生した。
 それは、なぜか麻衣子の立っている位置の真下からだった。その風は、マリリン・モンローの映画のように見事に麻衣子のワンピースのスカートを捲り上げた。スカートの裾は麻衣子の胸の辺りまで持ち上がり、麻衣子の身体は、お臍までが露出してしまった。

 今日の麻衣子はワンピースであり、ストッキングを穿いていなかった。そのため、麻衣子の下半身をカメラから隠しているものは、小さめのパンティ一枚だけだった。真っ白のな生足、綺麗なふくらはぎ、適度にむちっとした太もも、きゅっと締まった生白いお腹、小さな臍・・・美しい女体の一部が全国に生放送されてしまった。
 そしてもちろん、パンティもその全てが映し出されていた。薄いピンク色の地で、縁には白いレースが施され、上辺のゴムの真ん中には黄色の小さなリボンまで付いていた。それは若干少女趣味とも言えるような、可愛らしいパンティだった。

 一瞬の後、事態に気付いた麻衣子の微笑みが固まった。ちらりとモニター画面を見た。
「・・・きゃ・・・」
生放送中なのに、下着が丸出しになっている!・・・想像もしたこともない事態に、思わず声を漏らしてしまった。今は放送中、みっともなくうろたえたら駄目・・・麻衣子は必死に考え、とにかくスカートを下ろそうと手を伸ばした・・・

 ・・・手を伸ばしたつもりだったが、腕が動かないことに麻衣子は気付いた。
(え、嘘、何、これ・・・)
一秒、二秒・・・麻衣子は固まったまま、パンティが晒されるままにしておくしかなかった。テレビカメラの横には放映中の映像のモニター画面があるが、そこには麻衣子のピンクのパンティがはっきりと映っていた。

 「あの、本澤さん、スカートが・・・」
困惑したような声で彩香が声をかけた。女子アナが目の前でパンティ丸出しにしているのに、平然と天気予報の話をするのはあまりに不自然だった。

 『麻衣子ちゃん、何してる! 早くスカート下ろして! カメラも外してやれよ!』
有川の若干苛立った声がインカムから聞こえた。周囲のスタッフも驚愕の表情を浮かべ、麻衣子の下半身を見つめていた。

 (いや、そんな目で見ないで! こんな姿、放送しないで・・・どうして、手が動かないの!?)
まだパンティが露出して3秒ほどであったが、麻衣子は内心でパニックになりかけていた。

 ”麻衣子ちゃん、ノーパンで出演しなかった罰だよ、恥ずかしいかい?”
突然、脳内で声が響いた。さっきも聞いた、あの声だった。
”次回はノーパンノーブラ、ミニスカートで出るって約束するなら身体を自由にしてあげるよ”

 (分かりました、約束しますから!)
何がなんだか分からなかったが、今の麻衣子に選択肢はなかった。とにかく、生放送で下着姿になってしまっても、放送事故扱いされず、そのまま放送されてしまうのだ・・・


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