PART 2

 麻衣子が内心でそう訴えた瞬間、ふっと腕が自由になった。
「し、失礼しました!」
麻衣子はそう言ってカメラの方に照れ笑いを向けながら、スカートの裾を掴み、強い風に対抗するようにぎゅっと下ろした。

 「あ!」
麻衣子はスカートの前を強引に下ろしたが、後ろ側に空気が集まり、ふわっと大きく持ち上がった。そのため、前屈みになった麻衣子はバランスを崩し、左足を軸にして身体がくるっと回ってしまった。
「きゃ、きゃあっ」
麻衣子は右足を下ろして踏ん張った。しかし、さらに背後でスカートを捲る力が作用し、麻衣子の身体が前のめりになった。

 前屈みになっていた麻衣子は顔から床に倒れそうになり、慌てて両手を出して床についた。
「あん」
倒れ込む身体を床についた両手だけで受けることは難しく、麻衣子の肘が曲がった。さらには両脚の膝も床について、ようやく前に倒れた身体が止まった。

 ほんの一瞬の出来事だったが、その結果、麻衣子はさっきよりもはるかに恥ずかしい格好をテレビカメラの前に晒すことになった。
 前に両肘をつき、両足は大きく開いて膝で身体を支え、スカートは完全に捲り上がって背中に貼り付いているーーーそれは、四つん這い尻上げポーズそのものだった。
 パンティに包まれたお尻が丸出しになり、その形が丸分かりになっていた。足が開いているため、突き出したお尻から股下までがカメラに晒されていた。じーんと手足が痺れ、あまりに非日常的な事態に、麻衣子の頭は一瞬、真っ白になった。
 
 『麻衣子ちゃん!』
インカムから有川の叱咤が聞こえ、麻衣子がはっと意識を取り戻した。

 (いやあっ、こんな格好!)
太ももの付け根まで外気が直接触れるのを感じ、麻衣子はかあっと全身が熱くなった。今度はお尻が、全国に生放送されている!

 麻衣子は四つん這いのまま、両腕と両脚に力を込めた。しかし最初は腕に力がうまく伝わらず、宙に向けて鋭角に突き出した尻を左右にクイックイッと振り立てることになってしまった。
 次に力を込めた時、ようやく腕が伸びて上半身を持ち上げることができた。その勢いで膝も上げて一旦しゃがむ格好になると、すっと立ち上がった。
 そのまま踵を返し、カメラに正面を向けた。・・・ようやく、麻衣子はいつもの位置に戻った。

 「・・・え、ええ、失礼しました。それでは、お天気の続きをお願いします。」
こんな時、一体どうしていいか分からなかったが、麻衣子は精一杯の笑顔を作って彩香に進行を促した。とにかく、あと1分、無事に番組を終わらせるのだ・・・そのプロ意識だけが、今の麻衣子を支えていた。


 「・・・それでは皆さま、良い週末を。」
麻衣子と栗山は締めの言葉を一緒に口にすると、テレビカメラに向かって頭を下げた。これで番組終了だ。やっと終わった・・・私・・・麻衣子はその場にくたくたとしゃがみ込んだ。

 いつもであれば、放送が終了したら解散となり、麻衣子は彩香やスポーツコーナー担当の西山瑤子と朝食をとって帰宅することが多かった。しかし今日は、有川の指示でそのままスタジオに残り、緊急ミーティングが行われることになった。

 「えっと、その・・・麻衣子ちゃん、今日は不運だったな。」
有川が言葉を選びながら言った。
「だけどまあ、プロとして、何が起こったかを正確に把握して、原因分析・対策立案をして、上に報告しないとな。」

 「は、はい・・・」
20人ほどのスタッフが輪になって見つめている中、麻衣子は蚊の鳴くような声で答えた。顔は真っ赤のままだった。
「今日は、私の不注意で、申し訳、ありませんでした・・・」

 「いや、それはいいから、まずは放送内容を確認しよう」
有川がなぐさめるような口調で言った。

 ・・・スタジオに設置されている大型モニターを使って、さっきの事故の内容を皆で確認することになった。そして麻衣子は、自分がどんなに恥ずかしい姿を全国に晒してしまったのか、嫌というほど思い知らされることになった。

 それは僅か7.5秒間の出来事だった。
 7時29分ちょうど、彩香が風が強くなると言った瞬間、麻衣子の下から強烈な風が吹き上げ、それは7.5秒続いた。風は麻衣子のスカートを完全に捲り上げ、パンティだけの下半身が露わになり、お腹やお臍までが放送された。3秒間、麻衣子は呆然として動けず、パンティを露出して立ち尽くす姿が映され続けた。よく見ると、真っ白な太ももがぷるぷると震えているのが分かった。

 ・・・有川はそこで映像を一旦停止させた。大道具担当の男に視線を向ける。
「おい三木本、何なんだ、この風は?」

 「いやあ、全く分かりません。この時送風機は止まっていましたし、第一、送風機で真下から風を出すなんてできません。」
三木本と呼ばれた男は首をひねった。麻衣子が立っていた場所まで歩いていき、床を軽く叩いた。
「うーん、普通の床ですねえ、やっぱり・・・」

 「あ、あの・・・」
麻衣子が堪らずに口を挟んだ。
「映像、消してもらえませんか?」
皆から見える位置にある大型モニターには、パンティが丸出しの麻衣子が映っている映像が静止状態で映し続けられているのだ。男たちがさりげなく、その画面をちらちら見て、麻衣子と見比べているのが辛かった。麻衣子ちゃん、そのスカートの下にこんなパンティ穿いてるんだ・・・エロい太ももだな・・・そんな心の声が聞こえてきそうだった。

 しかし有川にはそんな麻衣子に同情する様子はなかった。
「悪いけど麻衣子ちゃん、今は検証をしてるんだから、消す訳にはいかないよ。それに、今頃はネットに動画と静止画、山ほど出回っているんだから、これくらいのことで恥ずかしがってたらもたないぞ。もちろん、著作権侵害でガンガン削除するけど、まあ、追いつかないだろうな。視聴者どころか、世界中の男に見られると思った方がいいぞ、今日の映像。お前の知り合いの男達なんか、喜んで保存して、何回も見るだろうな。」

 「そ、そんな・・・」
考えてみれば当たり前のことだったが、有川にはっきりと言われ、麻衣子は声を震わせた。

 「そんなことより麻衣子ちゃんだって、なんで3秒もぼけっとしてたんだ? 風が吹いた瞬間に手でスカート押さえれば、こんなに捲れなかっただろ? 子供みたいなパンティ丸出しにしちゃって・・・」
有川がそう言うと、皆が画面の中の麻衣子のパンティに改めて視線を向けた。
「君はパンティ見られて恥ずかしかったで済むかもしれないけど、局にとっては放送事故なんだぞ?」

 「そ、それは、その・・・腕が、動かなかったんです・・・申し訳ありません・・・」
絞りだすような声でそう言うと、麻衣子は小さく唇を噛んだ。

 「・・・ったく、恥ずかしくて動けなかったなんて・・・子供かよ・・・」
やや苛立った口調でそういった有川は、さらに指示を続けた。
「とにかく、放送事故のレベルを確認しないとな。おい、麻衣子ちゃんのパンティをアップにしろ。」

 いやっ、と麻衣子の可愛い悲鳴が響いたが、大型ディスプレイは容赦なく切り替わり、今度は画面一杯に麻衣子の腰回りが映し出された。ピンクのパンティがレースの模様の一つ一つが分かるまで詳細に拡大され、綺麗な太ももの毛穴までが微かに見えていた。清楚な女子アナを目の前にして、そのパンティを見ると、スタッフ達の興奮は高まってしまった。

 「きゃ、きゃあ、駄目、見ないでください・・・」

 「見ないでって言っても、今頃、日本中の男たちが、こんな風に君のパンティを拡大して見てるんだぞ。自分の不注意もあるんだから、諦めるんだな。」
有川はそう言いながら、映しだされた麻衣子のパンティをじっくりと眺めた。
「おい、毛ははみ出ていないよな?」

 「・・・は、はい、大丈夫です。」
ADの佐々木が画面に接するばかりに顔を近づけ、頷いた。
「ただ、ちょっと透けてますかねえ・・・」

 も、もうやめて・・・麻衣子の掠れた声での訴えは、スタッフの男たちにとって、気持ちのいいBGMになっていた。こんな機会でもなければ、憧れの美人女子アナのパンティ姿を見ることなんてできないのだ。
「・・・うーん、なんかの光の影かもしれないって感じだから、大丈夫じゃないか?」
「この辺、すこーし、陰っているように見えるけど、これ、麻衣子ちゃんの毛なのかな?」
「こんだけ見てもこれしか分からないってことは、ひょっとして、すごく薄いのかな?」
「どう、麻衣子ちゃん? ひょっとして、生えてなかったりする?」
「それとも、自分で剃ってるの?」
T大卒の高嶺の花だった美女を前にして、男たちはわざと淫靡な言葉遣いでからかうことを楽しんでいた。モニター画面にパンティ露出姿を映し出され、いいように批評されている・・・麻衣子ちゃん、顔真っ赤にて、ぷるぷる震えちゃって、可愛いねえ(笑)

 「ちょっと、いい加減にしてください!」
たまらず彩香が口を挟んだ。
「そんな言い方、ひどいと思います!」
彩香に睨まれ、男達は一瞬、バツの悪そうな顔をして静かになった。

 「まあまあ、悪かったよ。ちょっと悪乗りし過ぎたな」
素早く空気を読んだ有川がなだめるように言った。
「取りあえず前の方は大丈夫ということで、次、見てみようか」

 スタッフの男たちがごくりと唾を飲み込む音が麻衣子には聞こえたような気がした。いや、そんな目で見ないで・・・


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