美紀 PART1 PART1

 河村美紀は、名門の私立K大学の入学式を期待に満ちた気持ちで迎えていた。K学園は幼稚園から大学まで経営しているが、美紀は少数しか採らない高校からの入学組なので、レベルとしては一番高いグループに属する。

 美紀は、高校時代にほとんどの試験でトップクラスの成績を記録し、希望の文学部に難なく入学を許可された。美紀ほどの成績であれば、国立T大学合格も確実であったが、あえてK大を選んだのには二つの理由があった。一つは、父親もK大の医学部卒であることであり、もう一つは、彼女の志望する仏文科に、日本一の権威と言われる須賀伸行がいたことである。

 (私も頑張って、一人前の仏文学者にならなくっちゃ。)と、新たな決意を込めて学長訓辞を聞いている美紀の表情は、周囲の学生の注目の的になっていた。

 やや童顔で、アイドルと言っても誰も疑わないであろう可愛い顔立ち、抜けるように白い肌、いつも浮かべている優しげな表情は、どこへ言っても一番人気となることは間違いないと思わせるに十分だ。。

 身長は157センチとやや小柄で、スリーサイズは84、59、84と理想的だった。体の線が出ることを嫌う美紀は、スカートは決まってロングのフレアスカート、少し暑い日でも無理してセーターを着ることが多かった。しかし、もちろんそれで男達の視線の集中から逃れることはできなかった。

 今日は入学式のため、紺のスーツ姿だったが、濃紺の服が美紀の肌の白さを更に際だたせていた。セミロングの髪をポニーテールにしているため、後方の学生の視線はそのうなじに集中していた。

 周囲の男子新入生達はもはや訓辞どころではなかった。清楚な美女の固いスーツ姿はある意味エロチックですらあった。視線を感じるのか、うつむき加減の頬がやや紅潮している。そして、スーツでも隠しようのないセクシーな体の曲線・・・近くにこんな女性がいて平静でいられる男がいる筈が無かった。

 「やあねぇ、。周りの男子、みんなこっちの方、ちらちら見てるよぉ。」
と高校時代から同級生の仲野良子が言った。良子もほどでは無いが、そこそこ可愛い顔立ちだ。
「だけど、みんなはっきりしてるわよねぇ。みんな美紀しか見てないじゃない。あんたの側にいると損よねぇ。」
そう言いながら、ちょっと膨れたような顔をして溜息をついた。

 「何言ってんの、良子のこと見てる人もいるよ。だから、大学でもガードマン役、お願いね。」
美紀は微笑みながら隣の良子にいった。良子は高校時代、変な男子が近づきにくいように、ガードマン役を買って出てくれていたのだった。

 「分かってるって。だけど、ちょっとは私にも分けてよね。」
良子も笑顔を返した。グレーのスーツが初々しい。

 おこぼれにあずかった訳ではないが、高校時代に男子と付き合った数は、良子の方が多かった。良子は明るく誰とでも気軽に口をきけるようなところがあり、ちょっと愛らしい外見と相俟って、ちょっとした人気を博していた。

 それに引き替え、美紀は暗くは無いが、控えめな性格だった。男子と話すことも少し苦手で、良子の後ろに隠れてしまうようなところもあった。話しかけられればにこやかに話はできるのだが、すぐにガードマン役の良子が割り込んでしまうという過保護もマイナスしていた。また、余りの美少女ぶりに皆腰が引けてしまった結果、高校時代のは文字通り高嶺の花となっていた。

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 入学式が終わると今度はサークル勧誘だ。別にそうしなければならない訳ではないが、講堂の出口から道の両側にぎっしりと各サークルが陣取っているのだから、逃れようが無い。どのサークルも賑やかな雰囲気で新入生を入れようと必死だ。強引に腕を掴まれて連れて行かれる新入生も珍しくない。

 美紀達も否応なく新入生争奪戦に巻き込まれる。誰が見ても美少女の美紀に眼を付けないサークルは一つも無いと言って良かった。

 散々迷った結果、美紀達は医学部の男子が中心となって作っているテニスサークルに入ることになった。医学部中心というだけあって、入会には厳しい「セレクション」を通過することが条件とされていた。男子を女子が、女子を男子が選ぶのだ。美紀は人を外見で判断するその姿勢に反感を覚えたが、良子の勢いに負けて入会に同意した。美紀達はもちろん、セレクションにあっさり合格していた。

 「だけど、感じ悪いわ。見た目だけで女の子を選ぶって、どういう神経かしら?」
二人での帰り道、まだ気持ちのおさまらない美紀は興奮した口調だった。
「とっても、医者になる人達とは思えないわ。」

 「まあまあ、そんなに熱くならないで。美紀ちゃんにしては珍しく怒ってるじゃない?」
良子はの生真面目ぶりに笑った。
「いくら医者って言ったって、やっぱり男なんだからさ。そりゃどうせ一緒にテニスするなら可愛い子の方がいいわよ。それに、男子だってセレクションしてるんだし。結構かっこいい人、多かったと思わない?」

 「そりゃそうだけど・・・ でも、やっぱり安っぽい感じよね。みんな、のりが軽いわ・・・大学を何だと思ってるのかしら。」
今日の美紀はいつになく頑固だった。
「特に、あのチーフの赤城って人、好きになれそうにないわ。だって、女の子の体を上から下まで舐めるように見てにやにやしてるんだから・・・絶対いやっ、あんな医者にかかるの!」

 「まー確かにねぇ、ジャニーズ系かもしれないけど、私もあの人はちょっと・・・」
良子も一瞬同意した。
「けど、あの人の親って、学長よぉ。うまく行けば学長夫人・・・いいんじゃない、? やっぱ、赤城さんも美紀狙いよ、きっと。」

 「もう、やめてよ。怒るわよ。」

 「分かった、分かった。だけど、真面目な話、いい人だっているんじゃない? 特にさ、あの新田さんなんて、爽やかだし、謙虚な感じだし、いいと思うけどなぁ。」
良子は思い出しながら言った。
「新田さん、彼女いるのかなぁ。私、アタックしてみようかなー」

 「私はやめとくわ。やっぱり、外見で人を判断するような人とは付き合いたくないもの。私、このサークルではテニスをすることだけに専念することにするわ。」
美紀は笑いながらも、きっぱりと言った。

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 入学式の翌日は、早速文学部のクラスでのコンパが開かれた。文学部は2年生までの間、30人程度の5クラスで構成され、美紀と良子は同じCクラスとなった。

 K大学は基本的に、男子が8割近くを占めているが、文学部は女子の比率が多く、Cクラスも男子16人、女子14人という構成だった。輝くような清楚な美少女の美紀は、入学2日目にしてキャンパスの誰もが知る有名人となっていたため、同じクラスとなれた男子は皆、舞い上がっていた。

 「おい、どうする、席順?」
「とにかく、河村さんに最初に座ってもらおうよ。」
「お、俺、絶対隣っ!」
「おい、幹事は俺だぞ。勝手なことは許さないからな。」
初対面で親睦を深めるためのコンパの筈であったが、男子達は真剣そのものだった。

 「ちょっと、いやあねぇ。」
「そんなに真剣にならなくてもいいじゃない。」
「そりゃ、確かに河村さんは可愛いわよねぇ。」
「うん、私もあんなに美人だったらいいのになぁ。」
「ほらほら、河村さん、あっちは野獣の群れよ。こっちに座りましょ。」
美紀は女子に厚くガードされて、奥の席に座ることになった。男子に圧倒的な人気を持ちながらも、女子に嫉まれなかったのは、ひとえにの謙虚で素直な性格によるものだった。清楚で汚れを知らない美少女は、周囲の女子の保護本能をくすぐらずにはいられなかった。

 男子からは不満の声が上がったが、女子の強力なガードに立ち向かう勇気のある者は無く、コンパは奇妙な盛り上がりのまま終わってしまった。

 「どう。、疲れた?」
帰り道に良子が心配そうに訊いた。
「男子が何かと話かけようとしてきて、大変だったわねぇ。」

 「ううん。男子だって、みんないい人じゃない。少なくとも、あのサークルの医学部男子よりずっとましよ。それに、女子のみんなとも仲良くなれそうだし。」
美紀は楽しそうに言った。

 「そうよね。ま、真面目な美紀ちゃんには文学部の男子がちょうどいいかもね。そう言えば、あの飯田くんってなかなかいいセンいってると思わない? やっぱり私、飯田くんがいいなぁ。」
良子は昨日のことなど忘れたかのようにあっけらかんと言った。

 「えっ?」
一瞬、美紀はどきっとして沈黙した。飯田貴之は大学からの入学生だが、進学校出身とは思えないほど気取らないタイプだった。それに、話題の中身も、テニスサークルの連中のように軽い話題ばかりでなく、さりげなく文学の話などを盛り込みながら、場を盛り上げていた。また、一見地味な女子の横に座り、話しやすい雰囲気を作って上げていた様子にも美紀は好感を持っていた。
「・・・い、いいんじゃない? だけど、良子、昨日は新田さんがいいっていってたくせに、いい加減じゃない?」
自分の感情を悟られまいと、冗談ぽくそう言うのが精一杯だった。

 「うーん、まあ、ね。だけど、美紀はどう思う?」
そう言うと、良子は美紀に向き直った。
「はっきり言って、他の女子も結構狙ってたよ。だけど、そんなことよりさ、正直言って、美紀がライバルになったら勝ち目無いもんね。」

 「え、私? ・・・べ、別に・・・タイプじゃないし・・・」
美紀はつまりながらようやくそれだけの言葉を口にした。本当は、美紀も飯田だったら付き合ってみてもいいかな、と思っていた。しかし、良子にそれだけはっきり言われて、自分の気持ちをだせる美紀ではない。今まで自分を守ってくれた良子のためなら仕方が無い・・・美紀はそう心を固めた。男子のことで良子との友情を台無しにしたくなかった。

 「え、本当?」
果たして良子の顔がぱっと輝いた。
「そう。それなら頑張ってみようかな。美紀以外になら勝てる気がするし。」
良子は愛らしい笑顔を浮かべてにっこりと笑った。確かに美紀がいなかったら、Cクラスの一番人気は良子だったかもしれない。

 (良子、本当に好きになったのね。そうよ・・・これで良かったんだわ。きっと他にも素敵な彼はいる筈よね。)親友の笑顔を見ながら、美紀は心の中で自分を慰めるだった。

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