PART 9

 タクシーを降りた理絵は、見覚えのある光景にあたりを見回した。(ここは、もしかして・・・)嫌な予感が頭をよぎる。

 「はーい、こっちでぇす!」
洋子が裏通りに入る道を指さして歩いていった。皆、後を着いて行く。理絵の嫌な予感が増幅していった。

 「こ、ここは!」
店の前に着いた理絵は、思わず声を上げた。
「ど、どうして?」
後の言葉が続かない。

 そこは、「プラタナス」だった。理絵にとって屈辱の記憶しかない店をどうして選んだのか、理絵は洋子と真奈美の悪意をはっきりと感じた。
「ごめんなさい、私、帰ります!」
怒りを抑えきれず、理絵は強い調子で洋子に向かって言った。谷村達男性陣は、どうして良いか分からず、おろおろしているだけだった。

 「あーら、自分の歓迎会を断って帰るなんて、すごい人ねー。やっぱりエリートの係長さんは、馬鹿馬鹿しくて私たちとは付き合っていられないのかしら?」
洋子は冷静さを崩さず、嫌みっぽく言うと、鞄の中から一枚の写真を取り出した。
「ねぇねぇ、課長、こんな写真、好きですかぁ。」
と、谷村の前に差し出した。

 「お、こ、これは・・・」
谷村は絶句した。その視線は写真に釘付けだ。ときどき信じられない、といった表情で理絵の顔を見る。
「これは、本当に、加藤君なのかね?」
今回の件でも、情報が与えられていない谷村は、本気で驚いているようだった。部長の広田から、理絵を辞めさせるための工作の全ては、洋子と真奈美に任せてあるから邪魔をしないように、としか言われていなかったのだ。

 谷村の過剰な反応に、理絵は三たび嫌な予感を覚えた。谷村の後ろに回って、その写真を覗き込む。
そして、その瞬間、
「い、いやぁ! ひどいわっ、洋子さん」
理絵は思わず大声を上げた。それは、レポート発表のとき、大股開きになって下半身パンティ丸出し姿を晒している写真であった。

 「何言ってんのよ。ただの出張報告じゃない。今のところは、この写真、部長に見せて無いけど、見せてもいいのよねぇ。他の写真も、ぜ〜んぶ。それとも、営業部の回覧に乗っけようかしら。明日、私の当番だし。」
洋子は勝ち誇ったように言った。

 「・・・わ、分かりました。入りますから・・・・」
理絵は敗北を認めざるを得なかった。どうやってフィルムを取り返すかは後で考えることにしよう、と思った。
 店内に入ると、すぐに聞き覚えのある嬌声に迎えられた。アケミとエミだった。洋子が予約しておいたらしく、すぐに席に案内された。席は店の中央の、他のテーブル全てから視界に入るところだった。当然ながら、理絵の美貌に先客の男達の視線が集中する。その羨望の眼差しに、各テーブルについている女の子たちは不快な思いを抱いた。

 「洋子ちゃん、指名してくれてありがとね。」
アケミが洋子に笑いかける。いつの間にちゃん呼ばわりするほど親しくなったのか、理絵は訝しく感じた。
「あら、美人さん、この前はどーも。」
理絵に対してはやや冷たい口調のように感じられた。(そりゃ、確かにこの前は途中で帰ったけど、私が悪いんじゃ無いわ)理絵は、アケミの失礼な態度に少しむっとした。

 しかしながら、二次会は、盛り上げ上手なアケミとエミのおかげで、少なくとも表面的には楽しい雰囲気になっていた。理絵もとりあえず楽しそうな笑顔を浮かべていたが、頭の中では、さっき見せられた写真のことで一杯だった。(ひどいわ、あんな写真を撮るなんて・・・女なら、どんなに恥ずかしいか分かるはずなのに。・・・どうやって取り返したらいいんだろう。やっぱり、悔しいけど、洋子さんに頭を下げるしかないのかしら。)理絵は、事態の深刻さをまだ理解できず、甘い考えを抱いていた。

 二次会が始まってから一時間程立ってから、洋子が言った。
「あ、そう言えば、この前はごめんなさいねぇ。店の雰囲気を壊すようなことしちゃって。」

 「あぁ、あれね。気にしなくていいわよ。佐藤さんにも困ったもんねぇ。」
アケミが軽く受け流した。そして、思い出したように続ける。
「だけど、洋子ちゃんも災難だったわねぇ。真奈美ちゃんと昌子ちゃんも」
そう言って、理絵に視線を投げかけた。まるで、全てが理絵のせいだと言わんばかりだ。

 (な、何よ!)当然ながら、理絵は腹を立てた。
「あ、あれは、仕方無いじゃないですかぁ。それより、お店の人だって、佐藤さんを止める責任があるんじゃないですかぁ?」
切り口上でアケミに向かって言った。やっぱり帰ろうかと腰を上げかけた。

 しかし、その時、
「あ〜ら、理絵ちゃんって、結構露出狂の気があるくせにぃ。案外嬉しかったじゃないのぉ。」
という声が後ろから理絵に浴びせられた。理絵が振り返ると、洋子がさっきの写真を手に持っていた。
「ほら、アケミちゃん、これ見て。」
と、アケミにその写真を手渡す。

 「い、いや、見ないで! 返して下さい!」
理絵は慌ててしゃがんだが、すでに手遅れだった。

 「きゃー、何これぇ? 何で理絵ちゃん、こんな格好してるのぉ。パンティ丸出しじゃん! それに、これって、仕事中よねぇ。」
理絵の恥辱写真を見たアケミは大喜びだ。同年代の女性ではあっても、天と地の関係だと思っていた理絵を堕とすことができる・・・暗い期待がアケミを捉えていた。
「ねぇねぇ、見てごらん、エミちゃん。すっごいわよぉ。」
と、すかさず一つ離れた席にいたエミに写真を手渡す。

 「うっわぁ、すっごい格好! 理絵ちゃんて、意外とだいた〜ん!」
エミもわざと理絵を嘲るようにいった。理絵が自分たちを見る眼の中に、軽蔑を敏感に感じていただけに、復讐のチャンスが訪れたことが嬉しかった。すかさず写真を大友に手渡す。
「ね、これ、すっごいでしょお?」
大友が現場にいたことも知らずに同意を求める。

 「やめて、やめてぇ!」
写真が手から手に渡されるため、理絵はそれを取り返すことが出来ず、そう言って、お願いをするしかなかった。

 しかし、洋子はさらに意地悪な笑顔を浮かべて言った。
「あら、気に入ってもらえた? じゃあ、これも見てよ。」
と次の写真をアケミに渡す。

 「きゃは、今度は屋外露出ぅ? 理絵ちゃん、あんた、完璧な露出狂じゃないの?」
ざまぁみろ、と言わんばかりのアケミの笑いだった。

 「こんなのは、どう? 成績優秀者の表彰シーン」
洋子は次々と写真を取り出した。

 「うわっ、信じられない! このおじさん、偉い人なんでしょお? みんなの前で、こんな格好してた訳ぇ?」

 アケミの言葉から考えて、間違いなく、講堂での表彰場面の写真に違い無かった。
(え、どうして? 終業式は研修生しか入れないはずじゃ・・・?)理絵は混乱した。

 「あ、講堂の前で別れたでしょ? あそこで帰ろうとしたら、人事の人が、良かったらどうですかって言うもんだから・・・それにしても、ズーム付きのカメラ持ってって良かったわぁ。理絵ちゃん、大人気だったもんねぇ」
そんな理絵の様子を楽しむように洋子が言った。
「もう、面倒臭いから、写真全部見せてあげよっかな!」
バッグに手を突っ込んで、写真の束を取り出した。それは、優に50枚以上あった。
「どう、理絵ちゃん、今、帰る? 他のお客さんにも見せてあげちゃおうかな? もち、明日の回覧には焼き増しサービス付きで乗っけちゃうからね。」

 「ご、ごめんなさい。帰りませんから、その写真、しまって下さい。」
決定的な弱みを握られたことを思い知らされた理絵は、そう言って頭を下げざるを得なかった。
「お願いします。」
頭を下げながら、理絵は屈辱にまみれていた。洋子は年上とはいえ、今日からは自分の部下なのだ。どうしてこんな風に頭を下げなければならないのか・・・

 「あら、嫌だ。分かってもらえればいいのよ。さ、ここに座って。」
頭を下げる理絵を見て上機嫌になった洋子は、席を手のひらで指した。理絵は言われたとおりそこに座った。

 うつむき加減の理絵を見ながら、洋子とアケミは視線を合わせ、薄く笑った。次の計画の実行だ。
「まあ、それはいいとして、この前の事も謝ってもらわなくちゃね。お店に悪いことしたと思わない、理絵ちゃん?」
洋子が優しく話しかけた。

 理絵の肩が小さく震えた。しかし、今の理絵に、洋子に反抗する事は許されなかった。
「・・・はい。この前は申し訳ございませんでした、アケミさん、エミさん。」
屈辱を必死に堪えて、理絵は言った。プライドの高い理絵にとって、スナックの女に頭を下げることは、男に肌を見られること以上の屈辱だった。

 しかし、洋子はそれでは許さなかった。
「そんなんじゃ、駄目よ。何か、心がこもってないわね。ね、どう思う、アケミさん?」
そう言って、アケミにウインクを送る。

 「そうねぇ、ま、いいと思うんだけど。あ、どうせなら、この前の続き、してもらおうかしら?」
アケミはそう言って笑った。打ち合わせ通りの会話だった。

 「え、この前の続き、って?」
理絵は思わず聞き返した。

 「だからさあ、ストリップ、でしょ? もう忘れたのぉ?」
アケミが意地悪な笑いを浮かべる。
 


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