PART 13

 翌日の火曜日。理絵の姿を見た営業部の社員達は仰天した。理絵がお決まりのロングパンツ姿では無く、タイトミニを穿いてきたからだ。しかも、色はショッキングピンクで丈は膝上15センチのミニ、そして、何よりも驚いたのは、ストッキングを穿いていないことであった。

 あの、いつも理知的で隙を見せなかった理絵が、生足を見せびらかすようなファッションをしている! 皆が、驚きの目で理絵の姿を見ていた。第五課のメンバー以外は。

 早速、広田が谷村と洋子を呼び寄せた。昨日のスナックでの顛末と、写真を受け取り、満足そうな笑みを浮かべた。二人の労をねぎらい、計画の続行を指示する。(そうか、そう言う訳か。あの加藤君が、みんなの前でイっちゃうとはねぇ・・・しかし、よくもまあ、平気な顔で出社出来たもんだ。まあ、そんなに恥を掻きたいなら好きなだけ掻くんだな)広田は、そう考えながら、部屋の反対側に座っている理絵の姿を眺めた。今受け取った写真と見比べてニヤリと笑う。(なら、徹底的に利用させてもらうこととするか)
 広田はすぐに一課の課長、黒木を呼び寄せた。

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 もちろん、理絵は平気な顔で出社した訳では無い。昨日の恥を思うとさすがの理絵も欠勤したかった。何しろ、みんなが見ている前で、生まれて初めての絶頂に達してしまったのだ。しかも、その姿も嫌と言うほど写真に撮られてしまった。

 しかし、着任早々欠勤してしまっては、何を言われるか分からない。谷村などは、そら見たことか、だから女は・・と言い出すに違い無かった。負けず嫌いの理絵には許し難い屈辱だ。それに、会社に行き辛いのは、今日だけのことでは無い。今日休んだら、明日さらに行きにくくなるだけのことだ。

 また、普通の女性社員なら、これで退社してしまうこともあるだろうが、それも理絵のプライドがどうしても許さなかった。今まで、挫折すること無くここまで来たのだ。もし、ここで退社したら、学生時代の友人に、同期の女友達に、そして、娘を自慢にしている父親に、何と言って話せばいいのだ? 「セクハラにあって会社を辞めました。」などとは、口が裂けても言えなかった。

 会社の上層部に訴えることも考えた。しかし、研修所での人事部長の態度を見ると、とてもセクハラに本気で取り組むようには思えなかった。それに、もし娘がスナックで10回以上もイカされたことが公になったら、
銀行でトップを狙う父の足枷になるのは間違いない。銀行勤めの彼にとって、いかなるスキャンダルもタブーなのだ。敬愛する父の足を引っ張ることだけは避けたかった。

 結局、理絵は嫌でも出勤するしか選択肢は無かった。しかし、そこで、昨日の帰りに洋子に言われた言葉が浮かんで来る。
「いい、理絵ちゃん。明日からは、タイトミニで会社に来ること。ミニっていうのは、膝上15センチ以上のことよ。それから、そんなきれいな足を隠すパンストも駄目。もし逆らったら・・・いいわね。」
洋子は理絵の耳元にそう囁いたのだ。
理絵は、皆の見せ物になるしかない自分の運命を呪った。

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 理絵にとってせめてもの幸いだったのは、第五課の席が、部屋の一番奥の席、ということだった。さんざん社員達の好奇と軽蔑の視線を集めながら出社した理絵は、営業部の部屋に入ると、逃げるように小走りになって自分の席に座った。自分に好奇の視線が集中するのを感じ、しばらく顔を上げられなかった。

 「おはようございます、加藤係長、昨日はお疲れ様でした。」
気が付くと、横に洋子が立っていた。
「その服装、なかなか似合ってますよ。」
とにっこり笑う。

 その笑顔の裏にはとてつもない悪意があることを、昨晩嫌と言うほど悟らされた理絵は緊張しながら、
「おはようございます。あの、その係長、っていうのは・・・」
どうにも気持ちが悪いのだ、そう言いたかったが、上手い言葉が見つからずにその語尾は宙に消えた。とにかく、洋子の機嫌を損ねることが恐かった。

 「だって、私の尊敬する上司ですもの。でも、アフター5は、理絵ちゃん、って呼んでもいいですか?」
わざとらしく洋子が言った。悪意のなさそうな笑いは相変わらずだ。

 (了解する前からそう呼んでたじゃない)理絵は口に出せないことをまた心の中でつぶやいた。

 しかし、理絵は実に居心地の悪い勤務時間を過ごさなければならなかった。理絵の周りを囲む第五課のメンバーは、皆、昨晩の理絵の痴態を間のあたりにしているのだ。大友達と普通の会話をしていても、ふと気付くとその視線が自分の胸や腰に注がれているのを感じ、理絵は羞恥に体が火照って来るのを感じた。(い、いや、お願いだから、思い出さないで・・・)理絵は必死に祈るが、その願いが全く無視されていることは、、彼らの表情を見れば明らかだった。

 それは、女性陣についても全く同様だ。洋子と真奈美の態度は、研修前とは全く変わっていた。表面的には立てていながらも、その目は明らかに理絵を見下していた。仕事の能力では劣っている筈の部下達にそんな眼で見られることは、今までの理絵なら許した筈が無いのだが、3度も痴態を演じてしまった今となっては、それも昔だった。

 そして、洋子達は意地悪なことに、仕事内容を説明する、といっては、しばしば理絵を引っ張り出すのだった。ミニスカートで生足を露出した姿で他部への挨拶周りをさせられ、理絵は顔から火が出そうな程恥ずかしい思いをしなければならなかった。中でも、時折、顔見知りが声を掛けてくるのが何より辛かった。

 そんな理絵が頬を赤くする度に、洋子と真奈美は視線を合わせてニヤリと笑っていた。(理絵ちゃん、ほんとにウブねぇ。まだまだいじめてあげるから、待ってらっしゃいよ。)

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 第一課の課長の黒木が谷村の席にやってきたのは、午後一時を過ぎてすぐのことだった。その話を少し聞いた谷村は、黒木に向かって頷くと、
「加藤君、本木君、中村君、ちょっと時間取れるかな? 打ち合わせをしたいんだ。」
と、三人に声をかけた。理絵は期待と不安を半分ずつ感じながら、席を立った。

 打ち合わせは部長席の脇の中テーブルで行われた。席に着いているのは、第一課の黒木、松本、原田と、第五課の谷村、理絵、洋子、真奈美に、部長の広田を加えた8名だ。(部長まで入っちゃって、何の話かしら?)第五課に対して仕事を依頼することなどほとんどない広田までいるのが、理絵には不思議だった。

 打ち合わせの要旨は簡単だった。要するに、今週の金曜日に行われるナコール社の社内システムのコンペに、第五課も参加して欲しい、というものだった。主幹は当然第一課なのだが、今まで理絵がほとんど一人で担当していたので、是非助力して欲しい、と黒木は言った。

 (プライドの高い一課が五課に助力要請なんて、おかしいわ。ナコール社の件については、森田さんにちゃんと引き継ぎして置いた筈よ。それに、どうして今さら?)理絵は不審に思ったものの、一方で誇らしくも感じていた。わざわざ黒木が広田を巻き込んでまでそう言ってくるというのは、それほど自分が頼りにされているということを意味している筈だ。これは自分の力を見せる良いチャンスになりそうだわ・・・

 「では、プレゼンでの発表者も加藤君にお願いする、ということでいいかな?」
気が付くと、広田が自分に向かって話しかけていた。自分の思考に気を取られていた理絵は、一瞬、きょとんとした顔をしてしまった。
「だから、君の美貌とその脚線美に期待する、ってことだよ。」
広田は、大役を与えられた理絵が感動しているとでも思ったのか、セクハラまがいの冗談を言って笑った。

 脚線美、と言いながら、右隣の広田の視線が自分の太股にそそがれるのを理絵は感じた。(い、嫌だ! こんなに捲れてるなんて!)見ると、タイトミニのスカートは大きくずり上がり、パンストを穿いていない太股の半分ほどが露出してしまっていた。慣れないスカートでは、一瞬でも気を抜けないことを思い知らされる理絵だった。

 結局、打ち合わせは、第一課からの要請に対し第五課は全面的に協力する、という予定通りの結論に達して終わった。
「じゃ、よろしく頼むよ、加藤君。」
黒木が笑顔を作りながら理絵の肩を叩いた。その笑顔にも毒があることに、理絵は気付かなかった。

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 その週の理絵の業務時間のほとんどは、ナコール社のコンペのプレゼン資料作りに費やされた。木曜は社内での事前検討会なので、準備期間は火曜の午後と水曜日の2日しかないのだからそれも当然だ。年上の部下の森田と真奈美を使いながら、2日ともタクシー帰りの突貫工事だった。

 しかし、それだけの短期間でありながら、理絵の作成した資料の質は極めて高いものだった。それは、第一課時代に理絵が蓄積していた資料に使い回せるものが結構あったこと、任された仕事は徹底的にやらないと気が済まない理絵の責任感と、年上の森田と真奈美を遠慮無くこき使ったこと、の3つによるものだった。

 木曜日の事前検討会でプレゼンのシミュレーションを完璧に終えた理絵は、晴れ晴れしい顔で皆の顔を見た。その服装は洋子達の指示により、相変わらずのタイトミニ、パンスト無しであり、そこばかりに男達の視線が集中するのが恥ずかしくはあったが。

 恥ずかしさと軽い興奮で頬をほの赤くしている理絵に向かって、広田が口を開いた。
「うん、なかなか良かったよ、加藤君。短い時間で良くこれだけのものができたね。」
満足そうに頷きながら、黒木を振り返って続ける。
「な、黒木君。これなら、NOCにも勝てるよな?」

 「ええ、もちろんです。せっかくのチャンスを逃すことは絶対にできませんからね。」
黒木が即答する。上司に自分をアピールする機会を決して逃さない男であった。

 「しかし、これはFJEとしては、絶対に負けられないコンペだ。受注額の大きさもそうだが、これに勝てば、NOCからFJEへの社内システム乗換の初めての例になる。私としても、念には念を入れて、万全を期して行きたいと思っている。」
広田の言葉の真意が掴めず、続けて何を言うのか、皆が広田に注目した。
「今のプレゼン、いいんだけど、もう少し、インパクトを強くできないかな。黒木君、谷村君、ちょっと考えてみてくれよ。」
広田はそれだけ言うと、もう用は無い、と言うように席を立った。

 (インパクトが足りない? これだけコスト面での検証もシステムの優秀さもアピールしているのに?)絶対に近い自信を持っていた理絵は広田の言葉に納得できなかった。
「これ以上のインパクトって、どういうことでしょうか、黒木課長。」
理絵は黒木に聞いた。直接の上司である谷村が自分を飛ばされたことに不満そうな表情を浮かべたのが視界に入ったが、気にしている余裕は無い。

 「いやいや、君のプレゼンも、資料も素晴らしかったよ、本当に。ま、部長も大きな案件だけに慎重になっているんだろう。あとは一課で考えるから、君はしばらく自分の仕事に戻っていたまえ。」
理絵の労をねぎらいながらも、その後の言葉はかなり失礼だった。実質的に、今回のプレゼンについてはほとんど理絵が取り仕切っていたのに、五課だという理由で、最後でつまはじきにすると言うのだ。理絵はあまりの仕打ちに唇を噛んだ。

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