PART 56(bbbb)

 梨沙にとって嬉しかったのは、芳佳がその日のことを何も聞かず、いつもどおりに接してくれたことだった。きっと、柏原くんとかに事情を聞いてるんだろうけど、私のことを思って、わざと聞かないようにしてくれている・・・しかも、わざとらしくではなく、さり気ない雰囲気でいてくれるところが芳佳のすごいところだと思った。休み時間や放課後になると、すぐに1組に来てくれて、一緒にいるようにしてくれた。


 話は少し戻り、水曜日の午後。

 緊急生徒総会の後の初めての定例生徒会が開かれた。梨沙はそこで、いつもどおりに振る舞い、会議の冒頭、来週の定例生徒総会についても、予定どおりに開催することを宣言した。ここで逃げたりしたら、アイリスに負けたことになる・・・梨沙のその思いは生徒会役員全員に伝わっていた。

 唯一、いつもと違ったのは、生徒会長の梨沙が、隣に座っている副生徒会長の柏原と全く視線を合わせようとせず、明らかによそよそしい雰囲気であることだった。柏原も所在なさげに座っていて、いつものような覇気が感じられなかった。

 微妙に緊張した空気のまま生徒会は終わり、梨沙は3組の副クラス委員の紀子と一緒に駅まで行こうとしていた。

 「ねえ、梨沙ちゃん、ちょっと。」
校門を出たところで、梨沙は女子の声に呼び止められた。

 「え・・・あ・・・」
梨沙が振り向くと、そこには二人の女子、ゆきなとみどりが立っていた。
「え、何?・・・」
アイリスと繋がっていたと確信している二人を前に、梨沙は緊張を隠せなかった。まだ何か、するつもりなの・・・終わったはずなのに・・・

 「やだ、そんな顔しないでよ、梨沙ちゃん。」
ゆきなが笑いながら言った。
「・・・でもね、ちょっと話したいことがあるから、ちょっとだけ、付き合ってくれないかな?」

 「お願い、梨沙ちゃん。私たち、梨沙ちゃんに謝りたいことがあるの。」
みどりがいつになく神妙な顔で言った。


 結局、気を利かせた紀子は一人で帰り、梨沙とゆきな、みどりの3人で、駅前のファミレスに入ることになった。

 「梨沙ちゃん、ありがとう、本当に。」
コーヒーを一口すすったゆきなは、梨沙の顔を見ると、いきなり謝った。
「私たち、梨沙ちゃんのお陰で助かったの。」

 「え?」
意外な言葉に梨沙は戸惑った。二人の顔は、いつもと違い、何かを企んでいるような様子はなかった。
「どういうこと?」
とにかく、二人の話をちゃんと聞いてみよう・・・梨沙はそう心を決めた。

 「実はね、あの時の最後の動画、私達のなの・・・」

 「え?・・・あ、あ、あれ?・・・」
梨沙はしばらくして二人の言いたいことを察した。下着を脱いで下半身を露出した動画と、トイレで盗撮された動画・・・
「そ、そっか、そうなんだ・・・」
女の子の一番見られたくない部分を、薄いモザイクだけで全校生徒に見られてしまったなんて、どんな気持ちだろう・・・自分が赤外線盗撮で前後の穴のモザイクなしの画像を公開されていたとは知らず、梨沙は心から同情した。

 「うん、そうなの・・・梨沙ちゃん、すごいと思ったよ。誰かも分からない女子達を守るために、あんなことまでしてくれたんだもんね。」
ゆきなの言葉には含みも揶揄もなかった。
「それからね、私達、梨沙ちゃんに謝らなくちゃいけないことがあるんだ・・・」

 二人は神妙な顔になり、実はアイリスと繋がっていたことを説明した。小遣いが欲しくてブルセラを一度売ったこと、やめようとしたら学校にばらすと脅され、いやいや続けていたこと、さらに、梨沙を陥れるように命令され、仕方なく情報提供をしていたこと、さらにあんなに恥ずかしい動画を撮られ、裏切れないようにされていたこと・・・
 とても梨沙に言えない部分は都合よく改変されていたが、梨沙に謝りたい気持ちに嘘はなかった。

 素直に謝る二人を見て、梨沙は小さく頷いた。
「・・・そっか、うん、分かったよ。素直に謝ってくれて、ありがとう・・・」
もし、二人がアイリスの手伝いをしなかったら、あんなに恥ずかしい思いをすることはなかった・・・そう思ったのも事実だったが、利用されただけの二人を責めても仕方ない、悪いのはアイリスなのだ・・・梨沙はそう考えて、内心の葛藤を押さえた。
「大丈夫、もういいから。それで、アイリスとはもう大丈夫なの?」

 「うん、黒川からは、もうK附とは関わらないことにしたから、って言われて・・・梨沙ちゃんのおかげだね。」
みどりが小さく笑った。


 それからしばらくは、なんということのない雑談が続いた。クラスの男子の噂や進学のこと、芸能界のこと・・・今までは疎遠だったが、話してみると、ゆきなもみどりも案外頭が良くて、それなりに考えていることが分かった。人は印象だけで判断しちゃ駄目だな。私から心を開いていれば良かったのかも・・・楽しく会話をしながら、梨沙はそんなことを考えていた。

 すっかり打ち解けた頃、ゆきなが少し声を落とした。
「ところでさ、梨沙ちゃん、最近、柏原くんとはどうなってるの?」

 「え?・・・べ、別に・・・普通の友達だよ」
梨沙は少しどもって言った。
「何でそんなこと聞くの?」

 「あのさ、梨沙ちゃんって、本当にウブだよねー」
みどりが笑いながら口を挟んだ。
「すっごく頭いいのに、男の子のことだと嘘つけないんだよね、可愛い!」

 「だって、別に、柏原くんとは付き合ってるわけでもないし・・・」
梨沙はどきどきしながら言った。まさか、保健室での柏原くんとのこと、知っているの!?

 「でもさあ、意識はしてるでしょ? 学校でさ、柏原くんにだけ、すっごく冷たいよね、梨沙ちゃん?」
「そうそう、女子がみんな噂してるよ。付き合ってなければ、逆にあんなに素っ気なくできないって。」
ゆきなとみどりが続けて言った。

 でも・・・と言いかけた梨沙を制し、ゆきなが続けた。
「だけどさ、私も最近の柏原くん、かっこいいと思うよ。校則なんて無視してバイクで助けたり、生徒総会の時も、アイリスに一人だけ言い返してたし。」
そうそう、頼もしいよねえ、とみどりが相槌を打った。
「それにね、梨沙ちゃんが帰った後、すぐにステージに上がって、男子全員、梨沙ちゃんの恥ずかしい画像や動画、全部削除しようって言って、みんなに約束させたんだよ。それから、明日からは今日のことは話題にしないようにしようって。」

 「へえ、そうなんだ・・・」
生徒総会が終わった後のことは知らなかったので、梨沙は少し感心した。柏原くん、そこまでしてくれたんだ・・・

 「だからさ、何があったのか知らないけど、もう付き合っちゃえば? すっごくお似合いのカップルだと思うよ。」
「柏原くんって、実は結構もてるんだよ。今回のことで好きになった女子もいるみたい。何人か告白してふられたって聞いてるよ。急いだ方がいいよ、梨沙ちゃん!」

 「そ、そうなんだ・・・」
柏原が告白されていたなんて知らなかった・・・梨沙の内心に、何かもやもやした感情が生じた。それが嫉妬であることは、ウブな梨沙には分からなかった。
「だけど私、一度断ったことあるし・・・今でも柏原くんがそう思っているか分からないし・・・」

 ゆきなとみどりは目を見合わせ、小さく苦笑した。その言葉、柏原くんのことが好きと言ってるのとほとんど同じなんだけど・・・可愛い!

 今のゆきなとみどりに邪心はなかった。ただ、梨沙に何か恩返しをしたかった。そして、ウブな二人が好意を持ち合ってるのが周囲にはバレバレなのに、付き合わないのがもどかしかった。男子の気持ちについては、私達の方が遥かに詳しいんだから、教えてあげなくちゃ・・・

 「あのね、柏原くんって、男子にも友達多いんだけど、冬木君とか木戸君とか。」
ゆきなは梨沙が頷くのを見ながら言った。
「・・・で、二人に聞いたんだけどね・・・柏原くん、梨沙ちゃんのこと、今でも好きなんだって。だけど、今週はずっと口をきいてもらえなくてつらいって・・・」

 「ふーん、そうなんだ・・・」
気のない風を装いながら、梨沙はまんざらでもない気持ちだった。柏原くん、友達にもそんなこと言ってるんだ・・・少し、冷たくし過ぎたかな・・・保健室のことも、私が裸だったから、ちょっとは大目に見ないといけないのかな・・・

 「それにね、柏原くんって、すっごい一途なんだって!」
梨沙の心が揺れてきたのを察し、みどりがたたみかけるように言った。
「高校に入ったときね、梨沙ちゃんを一目見てから、ずーっと好きなんだって。」
そう言ってから、みどりは小さく笑った。
「あとね、AVだって、大石すずちゃんのしか見ないんだって。梨沙ちゃんに似てるからっ・・・あ。」
梨沙の表情が固まっているのに気付き、みどりは慌てて口を塞いだ。

 「へ、へえ、そうなんだ・・・」
梨沙は作り笑いを浮かべた。男の子がそういうのを見るのは当たり前・・・女子達がそう言っているのを何度も聞いたことがあるし、エッチな画像を持っているのが分かって彼と喧嘩したって話もよく聞いた。柏原くんだって健全な男子なんだから・・・でも・・・私に似ている女優のAVを見て、柏原くん・・・

 「そんな顔しないで、梨沙ちゃん・・・ほら、とっても可愛い女優さんだよ。」
ゆきながそう言うと、携帯端末の画面を差し出した。

 それは、あるAV女優の写真だった。確かに、女優は可愛かった。高校の制服姿がよく似合っていて、ショートカットで、目が大きくて、可愛い笑顔を浮かべていた。
「へえ、最近のAV女優って、こんなに可愛いんだ・・・」
そう言ってから、梨沙は口をつぐんだ。自分にそっくりっていう女優を可愛いっていうことは、自慢してることになる? ふとその時、その横に書いてある文字が目に入った。『大石すずの露出調教スペシャル!』
「え、これって・・・」

 「あ、それはね、AVのジャケット画像なんだ。」
ゆきなはそう言うと、その画像をタップした。
「こっちが裏面! すごいでしょ(笑)」

 「きゃ、きゃあっ!・・・ご、ごめんなさい・・・」
周囲の客の視線を浴びて、梨沙は慌てて謝った。しかし、その目はその裏面に釘付けだった。

『黒髪ショートカットの優等生を露出調教!』・・・真ん中に斜めでその字が踊り、その周りにいくつものシーンの写真が掲載されていた。電車の中で全裸にされてM字開脚で抱えられて通過駅のホームに向かって露出させられるシーン、プールのウォータースライダーで水着が取れて全裸になるシーン、亀甲縛りで屋外を歩かされるシーン、股縄と首輪を掛けられて四つん這いで引き回されているシーン、繁華街を全裸で駆け抜けているシーン、全裸で新体操をさせられてまんぐり返し状態になっているシーン・・・

 「あはは、こんなの見て喜んでるなんて、男子って馬鹿よね・・・でもこれって、すずちゃんのAVの中でも、柏原くんの一番お気に入りなんだって!」
みどりが明るく笑って言った。
「でも、こんな格好、死んでも見られたくないよね。これとか、これとか、これとか・・・しかも、モザイクなしだったら!(笑)」
みどりはそう言うと、四つん這い、M字開脚、まんぐり返しの画像を指さした。

 「あは、あはは、そうだね・・・柏原くん、こんなの好きなんだ・・・本当に、男子ってバカだよね・・・」
梨沙はそう言って笑ったが、内心は羞恥にまみれ、怒りに燃えていた。・・・M字開脚、四つん這い、まんぐり返し・・・これって、保健室で私にさせた格好ばっかりじゃない・・・柏原くんの馬鹿っ、最っ低っっ!

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