PART 58(bbbb)

 遅刻間際で小走りの生徒達の視線を浴びながら、梨沙は柏原の袖を掴み、引きずるようにしてしばらく歩き、駅に向かった。

 しかし、しばらく歩いたところで、柏原が足を止めた。
「あのさ、梨沙ちゃん・・・そっちじゃないんだ・・・」

 「え? だって、駅はあっちでしょ?・・・あ、まさか」
柏原のバツの悪そうな顔を見て、梨沙は悟った。
「・・・ひょっとして今日、バイクで来ているの?」

 「・・・うん、まあ・・・どうせ、今日はすぐ停学になると思ったから、ちょっと、あっちの方に停めておけばいいかなと・・・」

 梨沙の目が大きく開き、次いで小さく溜め息をついた。
「もう、ばっかじゃない!? あなた、オートバイで停学になったんでしょ!」

 「・・・でも、馬鹿でもいいよ。梨沙ちゃんとバイクでデートできるなら。」
柏原の顔がふと小さくにやけた。

 パチーン、と大きな音が響いた。梨沙が柏原の背中を叩いたのだ。
「ちょっと! 思い出さないでよ!」
全裸でバイクの後ろに乗り、お尻を丸出しにして走ったことを鮮明に思い出し、梨沙は全身がかあっと熱くなった。

 「いってえ! 皆が見てるよ・・・」
思い切りスナップを利かせた梨沙のビンタに、柏原は別のシーンを思い出してしまった。保健室で、素っ裸で寝ていた梨沙ちゃんのおっぱいを揉んで、キスしようとした時にも、思い切り引っ張たかれたっけ・・・あの時は、アソコも丸出しで・・・
 ふと気付くと、梨沙の怒りに燃えた眼が目の前にあった。
「あ、いや・・・その・・・」

 「何で、叩かれたのに、にやけてるわけ?・・・何か思い出してたのかな?」
今度はギュッと背中をつねった。
「もう、早く行くよ・・・どこに置いたのよ!」


 柏原のバイクは、通学路から少し離れたところにあるコンビニの駐車場に停めてあった。

 覚悟はしていたが、あの時に乗ったバイクを眼前にすると、梨沙の足がすくんだ。やっぱりやめようか、と声を掛けた柏原に対し、大丈夫だと強がり、周囲に人がいないのを確認してから、後部座席に跨がった。

 「で、どこに行く?」
ヘルメットを被りながら柏原が聞いた。

 「駅前のカフェ!」
ヘルメットを被った梨沙が大声で言った。
「ちょっと、ゆっくり話したいの。」

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 渋谷の月曜の早朝のカフェ。店内には、出勤前にモーニングを食べているビジネスマンや、コーヒーを飲んでいるOL、PCを開いて商談をしている人達などで混み合っていた。その中で、制服姿の高校生の男女は異彩を放ち、注目を集めた。

 2人は窓際の4人席を案内され、向かい合わせに座った。

 コーヒーを一口すすった後、梨沙はほっと息をついた。
「ああ、おいしい。学校をサボったなんて初めてだけど、みんなが授業受けてる時に飲むコーヒーって、格別ね!」

 「うん、そうだね・・・」
柏原はそう言いながらコーヒーを飲んだが、正直、味は分からなかった。これは、デートではないのか? 梨沙ちゃん、まだ怒ってるのかな?

 「・・・柏原くん、本当にありがとう。」
コーヒーを見つめながら、梨沙が呟くように言った。
「遊園地から柏原くんが助けてくれなかったら、私、アイリスから逃げられなかったと思う。」

 「あ、ああ、うん・・・」
あれ、やっぱり許してくれるのかな・・・

 「それから、緊急生徒総会の時も、いろいろ助けてくれたよね・・・アイリスを敵に回してまで・・・怖くなかった?」

 「そりゃ確かに、怖くないと言えば嘘になるけど、でも、梨沙ちゃんを助けるためだったら、何でもするよ。」
柏原は急にいきいきとして、梨沙をにっこりと見つめた。ひょっとして、俺のこと、好きなのかな?・・・

 「あと、先生達に説明してくれたり、生徒のみんなにも、画像を削除するように言ってくれたり・・・本当に、ありがとう。」
梨沙は大きな目で柏原を見つめた。梨沙はついに、柏原ににこりと笑顔を見せた。

 今なら行ける! 柏原は勇気を振り絞った。
「い、いや、俺、梨沙ちゃんのこと、好き、だからさ・・・」
そこまで言い掛けると、梨沙の人差し指が柏原の唇に当てられた。

 「その前に、いくつか聞きたいことがあるんだけど。」
梨沙は笑顔のままで言った。
「あのさ、柏原くん・・・最近、女の子から告白された?」

 「え?・・・い、いや、そんなこと、ないよ・・・」
柏原は咄嗟に否定した。

 「あのさ、柏原くん・・・その癖、なんとかならないの?」

 「・・・え? 癖って?」

 「それ・・・その左腕、肘のところで曲がって、手が少し上がってるでしょ?」

 「あ・・・うん」

 「柏原くんってね、嘘つく時、左腕がちょっと上がって、肘を曲げて手を少しあげるんだよね。」

 「え・・・あっ、いや・・・」

 「慌てるってことは、やっぱり、嘘ついてたってことよね。」
梨沙の顔から笑みが消えた。
「で、誰に告白されたの? 正直に答えて」

 梨沙に睨まれた柏原は、観念して2人の女子の名前をあげた。一人は、1年生のテニス部で一番可愛いと評判の仲根舞美、もう一人は、2年生で新体操部で一番の美人の杉本麻由子だった。

 「へえ、舞美ちゃんと麻由子ちゃんって、どっちもモテモテの子じゃない! すっごいね、柏原くん! そんな可愛い子から告白されて、ちょっと嬉しかったでしょ?」

 「いや、そんなことないよ! 俺、梨沙ちゃんだけが・・・あ!」
梨沙の視線が自分の左腕に注がれているのを見て、柏原は自分が失敗したことを悟った。確かに、妹系童顔美少女の舞美の告白はどきどきしたし、スレンダーでロングの黒髪が美しい美人の麻由子から告白された時は、正直少し迷った。それに、緊急生徒総会でスクリーンに映し出された、舞美のアンスコパンチラや、麻由子のY字開脚は、今でも脳裏に焼き付いていた。
「・・・ごめん・・・でも、すぐにきちんと断ったから。梨沙ちゃんに余計な心配させたくないと思って・・・」
柏原はさり気なく左腕を下ろした。

 「はあ? なんで私が心配するのよ? それじゃあ、私が嫉妬してるみたいじゃない?」

 「いや、その・・・ごめん」
柏原は何と言っていいか分からず、とりあえず謝った。どう見ても、今の梨沙の反応は嫉妬だと思うのだが、そんなことを言ったら、梨沙の怒りに火を注ぐのは明らかだった。梨沙ちゃんって、こんなキャラだったっけ?・・・

 しばらく梨沙は沈黙し、視線を落としてコーヒーを飲み続けた。たまに顔を上げ、ぼうっと窓の外を見ていた。柏原は声をかけることもできず、黙ってコーヒーをすすっていた。

 5分ほどの沈黙の後、ようやく梨沙が口を開いた。
「・・・ごめんね。そんなことを責めるつもりはなかったんだけど、柏原くんが隠したから・・・でも本当に、2人を振って良かったの? 私、柏原くんと付き合うか、分からないよ?」

 「もちろん、後悔なんてしてないよ。俺、梨沙ちゃんだけだからさ・・・」
やっぱり、いける・・・よし、左腕も上がってない・・・梨沙ちゃんの不安さえ払拭できれば・・・

 「ふーん、そっか・・・」
梨沙はそう言うと、しばらく考え込むように、また窓の外に目をやった。
「・・・ごめんね、私、一人っ子だから・・・」

 「・・・え?」
柏原はまた、訳が分からなくなった。どうしてこの話の流れで、兄弟の話になるんだ?

 「正直言うとね、前までは柏原くんってさ、優等生なんだけど、ちょっと面白みがないっていうか、型にはまってるっていうか、ちょっと冴えないっていうか、線が細いって思ってたんだけど、・・・」
ふと梨沙は顔をあげ、柏原の顔を見た。
「ごめん、言いたいのはそっちじゃなくて・・・でもね、今回のことで、柏原くんのね、頼もしさとか強さとか、優しさとか、すごくよく分かったんだ・・・やっぱり私、いざという時に守ってくれる人が好き、だし・・・」
梨沙はそこまで言うと、唐突に黙り込んだ。
 
 (いったい、どっちなんだ・・・)
すっかり翻弄されている柏原は、梨沙の横顔をちらちら見ながら何も言えなかった。学校では梨沙とはいつも論理的な会話をしていたのに・・・柏原も女子と付き合ったことがなかったので、こんなにめまぐるしく変わる女の子の気持ちに全くついていけなかった。

 梨沙が次に口を開いたのは、それから数分してからだった。
「ちょっと、トイレいってくるね。」


 「・・・はあ・・・」
梨沙が席を外すと、柏原は大きな溜め息をついた。得体の知れない緊張感の連続に息が詰まりそうだった。女の子って、皆こんなにめんどくさいのかな・・・



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