PART 59(bbbb)

 時計を見ると、ちょうど一時間目が終わったところだった。柏原はふと思いついて、携帯端末を取り出し、電話をかけた。

 『・・・どうしたの、柏原くん?』
芳佳はすぐに電話に出てくれた。
『聞いたよ。停学一日ですんで良かったね。』

 「あのさ、芳佳ちゃん、助けてよ。今、梨沙ちゃんと一緒にいるんだけどさ、もう訳分からないんだよ。」

 『え、梨沙ちゃんは今日、高熱で休みのはずなんだけど・・・あ、そういうこと? へえ、良かったじゃない?』

 「うん、まあ、そうなんだけどさ、何か、すごくめんどくさいんだよね、梨沙ちゃんって。」
柏原は緊張が解けて饒舌になっていた。
「この前のお礼を言ったり、付き合う気があるようなこと言うかと思うと、誰に告白されたか聞いて突然キレたり、そうかと思うと突然黙り込んだりしてさ・・・訳わかんないよ。」

 『でもさ、今日は、わざわざ梨沙ちゃんから誘ってくれたんでしょ? すごいじゃない!』
芳佳がなだめるように言った。
『女の子はね、付き合う気のない相手だったらそんなことしないわよ。』

 「そっか、そうだよね・・・それじゃあ、希望を持っていいのかなあ。」

 『そりゃもちろん。梨沙ちゃんだって、本当は柏原くんのこと、好きみたいよ。』

 「え、ほ、ほんとに!? どんな風に言ってたの、俺のこと?」

 『・・・それは自分で聞かなくちゃ駄目でしょ。その前にさ、柏原くん、女子に告白されたこと、正直に話した? 梨沙ちゃん、ずいぶん気にしてたよ。』

 「・・・あ、ちょっと、最初はごまかしちゃったけど・・・余計な心配させたくなかっただけだよ。」

 『それじゃあ、柏原くん、絶対に浮気しないって誓える?』

 「もちろん! 俺は一生、梨沙ちゃんだけが好きだよ。浮気なんて、絶対にしないから!」
その途端、プッ、と吹き出す声が聞こえ、柏原は隣のテーブルの4人のOLに笑われたことを悟った。

 「・・・それでさ、梨沙ちゃんも俺のことが好きって、本当?」
柏原は声を落として言った。

 『そういうやきもちを焼くってことが、好きってことだと思っていいと思うよ。だけど、いろんなことがあったから、うまく消化できてないんだと思うよ・・・』
芳佳はそう言って少し間を置いた。

 「いろんなこと・・・?」

 『うん・・・柏原くん、保健室で、梨沙ちゃんに何かしたでしょう? 本来の目的以外に。』

 「・・・! どうしてそのことを!?」

 『梨沙ちゃんから聞いたに決まってるでしょ・・・あのさ、梨沙ちゃんって、男女関係は全くウブなんだから、いきなり変なことしたら驚くに決まってるじゃない。』

 「・・・あ、あのさ・・・何されたって、言ってたのかな?」

 『え、それを私に聞くかなあ?・・・だから、キスしたり、胸をいやらしく揉んだり、とか・・・』

 「いや、俺は梨沙ちゃんの胸をいやらしく揉んでなんかないよ、軽く触っただけだよ!」
 柏原は思わず強い口調で否定した。
「確かにキスはしようとしたけど、直前にばれて、思い切りひっぱたかれたし・・・梨沙ちゃん、ウブすぎるんだよなあ。ちょっと、めんどくさいって言うか・・・あ・・・」
 隣のテーブルのOL4人組が我慢できなくなり、半分吹き出して笑いながら自分の方を見ているのに気付いた。また、大声を出してしまった・・・
「とにかくありがとう、助かったよ」
 慌てて電話を切ると、斜め後ろに人が立っている気配を感じた。

「お待たせ。・・・ごめんね、ウブでめんどくさい性格で。」
 梨沙はにっこりと笑みを浮かべていたが、その目は笑っていなかった。
「さ、すぐに出ましょ、恥ずかしいから。」
 梨沙は柏原の肩にさり気なく手を置き、そのままぎゅうっとつねった。

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 逃げるようにカフェを出た2人は、バイクの前まで歩いてきた。

 「あのさ、さっきのあれ、本当?」
ずっと黙っていた梨沙が不意に言った。

 「え、あれって・・・あ、ああ、あれね・・・」
聞き返しかけた柏原だったが、梨沙に睨まれてやめた。でも、どのことなんだ・・・あれかな、やっぱり・・・
「あの時、胸を揉んだっていうのは誤解で、軽く触って、その心臓の鼓動を・・・」

 「そのことじゃないんだけど・・・」
梨沙がゆっくりと言った。
「それにさ、柏原くん、また左の肘が曲がってるよ。」

 「あ! い、いや、その・・・ごめん、ほんとは揉んじゃった。少しだけ・・・」

 「バカ! もう言わないでよ、そのことは!」

 「ご、ごめん・・・」

 「そうじゃなくって、その・・・一生、私だけ、とか・・・」
梨沙の頬がほんのり赤くなっていた。

 「あ、ああ、それね! もちろん! 俺、一生、梨沙ちゃんだけが好きだよ! 浮気なんて、絶対にしないよ!」

 「だから、なんでそんな大声で言うのよ。さっきもね、その言葉、店内中に響いてたよ。」
梨沙は呆れたように言った。
「それに、その言葉、なんかプロポーズみたいじゃない。付き合ってもないのに。」

 「ご、ごめん・・・」

 「まあ、いいんだけどね。」
柏原くん、今度は左の肘、曲がらなかった・・・本当なのかな、その気持ち・・・梨沙はこっそり確認していた。
「それじゃあ、どこに行く?」

 「あ、ああ、そうだね・・・」
なぜか雰囲気が変わり、どこか上機嫌に見える梨沙に戸惑った。
「映画とか、見に行く?」
初デートと言えば、遊園地か映画館・・・さすがに遊園地はあり得ないから・・・柏原は必死に考えた。

 「はあああ? なんでバイクがあるのに映画館行かなくちゃいけないの?」

 「・・・え?」

 「え、じゃないでしょ! 初デートだから映画館なんて、古いわねえ。・・・バイクでツーリングって言ったら、海に決まってるじゃない!」
梨沙の感覚も少し古かった。

 「海って・・・もう、遊泳期間も終わってるし・・・わ、分かった。今すぐ、海に行こう!」
梨沙に睨まれて、柏原は慌てて言った。それに、初デート、という梨沙の言葉が嬉しかった。さっきまでは、別に付き合ってないんだからデートじゃない、とか言ってたくせに・・・やっぱり芳佳ちゃんが言うとおり、梨沙ちゃん、俺のことが好きなのかな・・・あ、海ってことは水着になってくれるのかな・・・

 「何にやけてんのよ、気持ち悪い! ほら、早く行くよ!」
梨沙が柏原の背中をパチンと叩いた。

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 制服姿の男女が大きなバイクに乗り、月曜の午前の東京の道路を走っているのは、かなり人目を引く光景だった。

 「ねえ、高速道路、乗らないの?」

 「20歳未満は高速で二人乗り禁止だから無理。」

 「はああ、何その法律? 柏原くんなら大丈夫でしょ。いいから乗りなさいよ!」

 「無茶言うなよ・・・学校と全然違うな、梨沙ちゃん・・・」


 ・・・しばらく走っていると、梨沙の雰囲気が徐々に変わってきたことに柏原は気付いた。ひしっと自分の腰に抱きつき、身体を密着させているのだ。背中に乳房が当たる感触に、柏原はヘルメットの下で思わずにやけていた。

 一方、梨沙は柏原に抱きつき、バイクの振動を感じ、エンジン音を聞きながら、あの日のことを思い出していた。やっぱり、柏原くんの背中って、大きくて、あったかい・・・ずっと一緒にいられたら、嬉しいな・・・


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