PART 60(bbbb)

 一時間と少し走ると、二人を乗せたオートバイはあるビーチに着いた。

 シーズンオフの平日のビーチは人もまばらで、当然、海の家もやっていなかった。砂浜に人はおらず、何人かがサーフィンをしているだけだった。

2人は、少し離れた高台にある、海が見えるレストランに入り、昼食をとることにした。レストランは2階にあり、1階にはサーフショップと更衣室があり、簡易的な海の家のようでもあった。

 シーフードを中心としたその店のランチは美味しく、2人は感想を言いながら笑顔で食べ終わった。一時間以上のツーリングが2人の距離をぐっと縮めたようだった。

 「海ってさ、夏の賑やかな感じもいいけどさ、こんな風に、人気がないのもいい感じだね。」
コーヒーを飲みながら、梨沙がさり気なく言った。

 「うん、そうだね・・・」
こういう話し方の時は何かある・・・柏原は身構えた。

 「柏原くん・・・ひょっとして、期待してた?」

 「え、何を?」

 「私が水着になること」

 「え、いや、そんなことないよ」

 「柏原くん、左腕」

 「あっ!・・・ごめん、少しだけ・・・」

 「ま、いいんだけどね・・・男の子って、そういうものみたいだし・・・」

 「・・・」
(また出た・・・せっかくいい雰囲気だったのに・・・言いたいことがあなら、早く言ってくれよ)

 「ごめん、回りくどくて・・・」

 「いや、そんなことないけど・・・」
(まさか、俺が考えてること分かるのか!?)

 「だからね、私、一人っ子なの・・・」

 「あ、ああ・・・」
(また一人っ子の話?・・・やっぱり訳分からん・・・)

 梨沙はふと顔を上げ、柏原の顔を見た。
「あのね、柏原くん、一つ、聞いていい?」

 「・・・あ、うん。何?」
柏原は最大級の警戒をした。左腕に注意!

 「大石すず、って知ってる?」

 「・・・、あ、ああ、確か、AV女優だっけ。名前は聞いたことがあるけど・・・」
柏原は心臓が飛び上がりそうになるのを感じながら言った。左腕がぴくっと上がりそうになるするのを必死に抑えた。どうして、梨沙ちゃんがいきなりAV女優の名前なんて言うんだ? しかも、よりによって大石すず・・・まさか冬木の野郎、梨沙ちゃんにばらしたのか・・・柏原は内心の動揺を悟られないように、コーヒーをすするふりをした。

 「ふーん、そうなんだ・・・」
実は、柏原が嘘を付くときの癖を梨沙は他にも知っていた。鼻がぴくっと大きくなり、瞬きをぱちぱちっとして、あ、ああ、って言う・・・でも、それを柏原に教えるつもりはなかった。もう、分かりやすいんだから・・・
「そっか。名前を知ってるだけ、なんだ・・・それじゃあ、『大石すずの露出調教スペシャル!』は知ってる?」

 ぶっ、柏原がコーヒーを吹いた。
「あ、ご、ごめん・・・」
慌ててテーブルを拭きながら梨沙の顔をちらりと見ると、梨沙はあの笑顔を浮かべていた。やっぱり目が、笑っていない・・・
「ど、どうしてそれを・・・やっぱり冬木?・・それとも木戸から?」

 「・・・あのお、思いっきり、墓穴を掘っていると思うんだけど・・・」
梨沙は相変わらず強ばった笑顔を浮かべていた。
「あーいうのが、柏原くんの好みなんだね・・・へえー・・・私だけ、じゃなかったっけ?」

 こうなっては仕方がない。柏原は覚悟を決めた。
「ごめん、その、確かに、大石すずちゃんは、好き、だけど、・・・いや、それは、梨沙ちゃんを好きというのとは全然違って・・・」
しかし、ウブな女の子に男子の止むに止まれぬ衝動をどう説明すればいいのか、柏原は全く分からなかった。下手なことを言ったら、思いっきり軽蔑されて、それっきりかも・・・

 「あ、大丈夫だよ。だからって、柏原くんを嫌いになったりしないから・・・」
梨沙は不自然な笑顔を消して、普通の表情になった。
「それから、冬木くんでも木戸くんでもないから、疑わないでね。聞いたのは、別の女の子からよ。・・・まあ、そういうのは、その、男の子としては普通のことだから、分かってあげてって言われたし・・・それからね、その、大石すずちゃんって、私にそっくりなAV女優だから、柏原くんは大石すず一筋なんだって・・・つまりそれは、柏原くんが、私のことをずっと好きな証拠なんだって・・・そう言われると、なんか少し、うれしいような・・・変な気持ちなのね・・・だから、さっきから、柏原くんに変にあたったりしたのかも・・・ごめんなさい・・・」
梨沙はコーヒーカップを揺らしながら突然饒舌になった。しかもその話し方は学校とは違って、全く脈絡がなかった。

 「い、いや・・・」
柏原は慎重に梨沙の表情を観察した。梨沙ちゃん、怒ってないみたいだ・・・というか、俺の一途さに、少し喜んでいる!?
「そ、そうなんだ。梨沙ちゃんに似てるから、その、大石すずも好きなんだ・・・」

 「でもさ、すずちゃんってさ、すっごくかわいくない?・・・まあ、似てるって言われてる私が言うのも変だけど・・・」

 「え?」
また急に風向きが変わった・・・次は何がくるんだ?

 「それにさ・・・肌もすごくきれいだし、何か色っぽいし・・・柏原くん、いつも、こんな子の裸、見てたんだね・・・私なんか勝てない気がしちゃって・・・」

 「そ、そんなことないよ!」
柏原は慌てて言った。
「梨沙ちゃんの裸の方が、ずっときれいだよ。胸だって、そんなに大きくないけどきれいな形だし、お尻だって、すずちゃんより・・・んんっ・・・」
唇に強く人差し指を押し当てられ、柏原は口ごもった。

 「ちょっと、声が大きいわよ!・・・っていうか、バッカじゃないの、何思い出してるのよ!」
梨沙の顔には、今度ははっきりと怒りの表情が浮かんでいた。また、頬が燃えそうなほど真っ赤に染まっていた。

 「ご、ごめん・・・」

 「もう、仕方ないわねえ・・・だけどさ、あのさ、二度と聞かないけど・・・」
梨沙の雰囲気が急に変わり、今度は恥じらうような表情になった。
「本当に、失望しなかった、私のこと? ・・・その・・・保健室で・・・」

 「もちろん! もちろんだよ・・・何て言っていいか分からないけど、とにかく最高だよ!」
裸を見られて怒るんじゃなくて、AV女優に負けるから愛想を尽かされないかと心配していたなんて・・・柏原は梨沙が愛おしくて仕方なくなった。

 「そっか、ありがとう・・・でもさ・・・」
梨沙は躊躇いがちに言った。
「柏原くん、私をあんな風に・・・露出調教・・・したいの・・・?」

 「・・・え? あ、あっ、いや・・・まさか、梨沙ちゃん、あのビデオ・・・」

 「うん、見たよ、全部。ある人がね、柏原くんの一番のお気に入りだからって、動画をくれたの・・・」
梨沙は小さく溜め息をついた。顔を落とし、コーヒーを見つめたまま続けた。
「柏原くんて、学校では真面目な顔してるくせに、あんなこと考えてたんだね・・・」

 「い、いや、そんなことないよ、学校では・・・あ、いやいや、学校じゃなくても・・・」

 「あ、いいの、言い訳しなくても。友達によると、露出だけなんてかなりましな方みたいだし・・・でも・・・私に似ている女優さんの、そういうビデオ見てるってことは・・・」
梨沙はそう言うと、ちらりと柏原の顔を見た。
「柏原くん、私にああいうこと、させたいの? ・・・校庭を裸で走らせたり、美術モデルでクラスみんなの前で裸にしたり・・・屋上でおしっこさせしたり・・・」
梨沙の顔には羞恥と怯えの色が見えた。

 「いや、ち、ちがうよ、梨沙ちゃん! 全然違うよ!」
柏原は目の前で手を何回も振った。
「あれはその、現実にそうしたい訳ではなくて、たまに空想したくなるというか・・・」
柏原はしどろもどろになった。確かに、大石すずを梨沙に置き換えて興奮して見ているのだが、そんなことを言ったら梨沙の理解は得られないに決まっている・・・

 「ふーん・・・そうなんだ・・・」
梨沙はどこか腑に落ちない様子だった。しかし、今回は柏原の嘘のサインがあまり見えないので、嘘でもないのかもしれないと思った。

 しばらくの沈黙が訪れた。柏原は変に刺激しないよう、左手にカップを持ち、コーヒーをすするフリを続けた。少なくともこうしていれば、肘の動きでばれることはない。

 「それじゃあさ、私の水着とか見たら、少しは、そういうビデオを見る回数、減るのかな?」
梨沙は消え入りそうな声で言った。

 「・・・え?・・・ま、まあ、それはそうだと思うよ。」
柏原は肯定と否定、どっちの返事がいいのか迷ったが、素直に答えることにした。相変わらず、梨沙の真意がさっぱり分からなかった。水着よりも、保健室時での梨沙の写真や動画があれば、本当に大石すずのビデオを見る機会は激減するだろうが・・・

 「そっか、そうなんだ・・・」
梨沙は海を眺めたまま、自分に言い聞かせるように呟いた。そして柏原に顔を向けると、にこりと笑った。
「いいよ」

 「え、いいって?」
柏原は目をぱちくりさせた。

 「このレストラン、サーフショップも併設してるでしょ?」

 「うん、そうだね・・・」

 「そこにね、水着も売っていたの」

 「そうなんだ・・・」

 「買ってきて」

 「・・・え?」

 「柏原くんの好みの水着、着てあげる」

 「梨沙ちゃんは選ばなくていいの?」

 「だから・・・柏原くんが私に着てほしい水着なら、何でもいいの。・・・すずちゃんみたいに、大勢の前で裸にはなれないけど・・・柏原くんだけ、今日のこのビーチでなら・・・」

 「・・・わ、分かった。ちょっと待ってて。」
柏原は感動して、一人で1階のサーフショップに向かった。俺の好みの水着ならなんでも着てくれるって・・・これって、付き合ってるのと同じだよな・・・柏原は思わずにやけた。それにしても、梨沙ちゃんのなんと純真なことか・・・悪い男に捕まったら大変なことになる気もしたが、自分と付き合うなら大丈夫、絶対に守ってあげるよ・・・



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