PART 61(bbbb)

 1階に下りた柏原は、悪魔の囁きと戦わなければならなかった。1階のうち、半分はサーフショップ、半分は水着や水泳用具であり、水着売場だけでもかなりの広さがあった。品ぞろえも豊富であり、おとなしめのワンピースから、布地の少ない紐ビキニまでが並んでいた。柄も、シンプルなものから、豪華な模様をあしらったもの、パレオ付き・・・

 できれば、できるだけ布地の少ない水着を着て欲しい・・・というか、できるだけ裸に近い姿が見たい・・・それが柏原の素直な気持ちだった。しかし、あまりに過激な水着を買っていったら、また急に不機嫌になってしまうかもしれない。さっきはああ言ったけど、そこまで過激な水着を買ってくるとは思っていないだろうし・・・ひょっとして、俺は今、試されているのか?

 「うーん、どうしようかな」
柏原は思わず頭をかきむしった。あんまり梨沙ちゃんを待たせるのも、なんか俺が吟味してるみたいでいやらしいと思うかもしれないし・・・

 その時、少し奥まった場所にも水着があるのを発見した。それは、シンプルな白の生地に、可愛いリスをあしらったシリーズのようだった。
「うん、あれなら結構可愛いよな・・・」
柏原はその売場に近づいていった。

 「lovin’ squirrels」・・・それが、そのシリーズのブランド名だった。そこには、白いワンピース、黒いワンピース、白いビキニ、黒いビキニの4タイプが展示されていた。近づいて見ても、どれも過激するカットではなく、可愛らしい雰囲気だった。値段もかなり手頃で、柏原の手持ちで十分買えるものだった。
(へえ、これなら梨沙ちゃんに似合いそうだし、好感度も上がるかなあ・・・)

 「お客さん、ちょっと・・・」

 柏原が後ろから軽く叩かれて振り返ると、そこには店員らしきスーツを着た男性が立っていた。顔も首も黒々としており、自らもサーフィンが好きそうだった。
「その水着、彼女さんに買われるおつもりですか?」

 「え、ええ・・・可愛いデザインだし、そんなに高くないので・・・」

 「ありがとうございます・・・実はこちらは、当店の陰の人気商品でございまして・・・」
店員は声を潜めてそう言うと、一枚の紙を見せた。

『lovin’ squirrels line-ups
  (a) ワンピース(白): 海水に濡れるとすぐに透けます。上から見ても透けて見えません。5分で乾き、元に戻ります。
  (b) ワンピース(黒): 海水に濡れるとすぐに溶けます。
  (c) ビキニ(白): 海水に濡れると、約30分後に紐が解けます。
  (d) ビキニ(黒): 特殊フィルム素材を含む繊維で作成。赤外線透視用に最適です。』

 「こ、これは・・・本当ですか?」
柏原は息を呑んだ。まさか、そんな水着を売っているなんて・・・

 「ええ、本当です。当店は、1ヶ月間の性能保証も付けていますので、もしご不満であれば、全額返金させていただきます。」
店員はそう言うと小さく笑った。
「bとcはカップルで合意の場合に使われますね。aとdは、こっそり撮って遊ぶ場合ですね。もちろん、悪用はいけませんよ。」

 柏原はしばらく逡巡した。選択肢は、このaからdの四つに加え、(e)他のブランドの水着を買う、の大きく五つだ。
 柏原の頭の中でまず脱落したのは、dだった。これでは緊急生徒総会と同じだし、第一、柏原は赤外線カメラを持っていない。
 次にしばらく悩み、eが脱落した。こんな機会、めったにないのだ。どうせビーチにはほとんど人はいないんだし、梨沙ちゃん、俺が着て欲しい水着を着てくれるって言ってたし・・・

 「あの、aの、上から見ても透けません、というのは、ひょっとして・・・」

 「はい、水着を着ている本人が見下ろしても、全く透けているのは分かりません。画面覗き防止フィルムの原理を応用したものです。」
店員は自信たっぷりに言った。
「もちろん、周囲の人からは透けて見えます。毛細管現象をフルに利用し、少しの海水でもかなり広い範囲まで透けさせますよ・・・ただし、5分だけですので、お楽しみになった後は、しばらく日光浴でもさせれば元通りに戻ります。または、シャワーを浴びて海水の塩分を落とせば、やはり元通りです。」

 ・・・結局、柏原はaの白いワンピースの水着と、自分用のゆったりした水着を買った。それから、水鉄砲と口で膨らますタイプのボールも買った。水鉄砲に海水を詰めるとおもしろいですよ、ビーチバレーで負けたら1ポイントごとに海水入り水鉄砲を浴びせる、なんてルールでやると、彼女が徐々に脱ぐことになりますよ、と店員に囁かれ、言われるままに買ってしまったのだった。5分だけ、見せてくれてもいいよね、すずちゃんに対抗するためだもんね。今度こそ、写真を撮らなくちゃ・・・


 2階に戻り、その水着をプレゼントすると、中を見た梨沙は顔をほころばせた。
「このリス、すっごく可愛いね、ありがとう・・・でも、こんなので、いいの?」

 「当たり前だよ。俺にとっては、裸のすずちゃんよりも、梨沙ちゃんの可愛い水着姿の方が、ずっと価値があるんだ。」
柏原は言葉に力を込めた。やだあ、と梨沙が恥じらいながら照れる顔が可愛らしかった。
「それでさ、この水着を着ているところの写真、あのビーチで撮ってもいい?」
もちろん、いいよ、という梨沙の言葉を聞いて、柏原は内心でガッツポーズを作った。よし、あとはバレーをして海水をかけてやれば・・・はっと我に帰った柏原は、にやけ顔を慌てて戻した。


 2人はそれから、サーフショップの更衣室で着替え、荷物を預かってもらうと、水着のままでバイクに乗った。少し離れているし、帰りは坂を登るのは大変だからと、柏原が提案したのだった。

 ビーチに着くと、砂浜には人は全くいなかった。海の上では、遠くの方で数人がサーフィンをしている・・・あとは海岸を走る車から一瞬見えるだけ・・・柏原の計算どおりの環境が整っていた。いよいよ、また見れるぞ、梨沙ちゃんの裸・・・今度はじっくり見て、写真、いや動画も撮って・・・うまく行けば、エッチなポーズもしてくれるかも・・・柏原の脳裏には、保健室で見た梨沙のあられもない姿と、大石すずの全裸露出シーンの数々が渦巻いていた。

 「梨沙ちゃん、よく似合ってるよ。やっぱり可愛いね・・・それじゃあ、撮るよ。そっちに立って。」
柏原は、まずは普通に水着を着ている梨沙の写真を撮ることにした。その姿そのものが可愛いこともあるが、後で梨沙に写真を見せてと言われた時の写真を用意するため、が主な理由だった。
「ほら、モデルになったつもりでさ、適当にポーズ取ってよ。笑顔がいいな。」

 「え、こんな感じでいいかな・・・」
梨沙は両手を頭の後ろで組んだり、膝に手をついたり、見たことのあるようなポーズをいくつか取った。柏原が携帯端末でたくさん写真を取り続けるのが恥ずかしかった。そんなに欲しいの、私の水着姿・・・それは、少し嬉しいことにも感じられた。もっと撮っていいから、他の女の子のことは、ビデオでも見ないで欲しいな・・・

 数分間、写真を撮り続けた柏原は、頃合いを見計らって声をかけた。
「はい、お疲れさま。いい写真が一杯撮れたよ!」

 「え、そうかな・・・」
梨沙がはにかんだ笑顔を浮かべた。
「恥ずかしい・・・でも、少し、嬉しいかも・・・」

 梨沙ちゃん、何て可愛いんだ!・・・上目遣いで、少し甘えるように自分を見つめる梨沙を見て、柏原は電流が走るような感動を覚えた。何十枚も連続して水着を撮られたせいか、その頬がピンク色に上気していた。

 しかし、高校生を一度捉えた衝動は、やはりそれで満足することはなかった。

 「それじゃあさ、ちょっと海に入ってみようか。」
水鉄砲で少しずつ脱がすなんてもどかしい、早く全身海水に浸かって欲しい・・・

 「ええ、それはちょっと・・・海、冷たそうだし・・・」
梨沙はちょっと顔をしかめた。

 「そ、そうか・・・」
柏原は少し悩んだ。そう言われて、無理に海に入る理由がない・・・やっぱり、あの作戦で行くか・・・
「それじゃあさ、ビーチバレーしよっか。どうせなら、罰ゲーム付きで。」


 ・・・しかし、柏原の目論見はいくつかの誤算に阻まれた。

 罰ゲームは、1点取った方が撮られた方に、水鉄砲の引き金を一回引いて水を浴びせることができる、というものだった。そして、水鉄砲もしっかり海水で満タンにした。

 一つ目の誤算は、梨沙の方が運動神経がいい、ということだった。何とか水鉄砲を打ちたい柏原は、必死にボールを追いかけたが、梨沙のレシーブとアタックの方が上手だった。バスケで鍛えた俊敏さでボールを拾いまくられ、柏原は途中からすっかり息が上がってしまった。
 また、もう一つの誤算は、風が意外に強く吹いていたことだった。水鉄砲と梨沙の身体が1.5メートルまで近付いたところで、3回打つチャンスがあったが、2回は風に大きく逸れてしまった。最後の一回は、水流が辛うじて右の乳房に当たり、ピンクの乳輪の端が透けて見えた。歓喜した柏原だったが、ほんの少しかすっただけだったため、それから2ポイント取られている内に元に戻ってしまった。
 そして、そもそもビーチバレーをしながら、梨沙の水着姿を撮影することはできなかった。くっそー、あの店員の奴・・・柏原は内心で逆恨みした。

 ついに水鉄砲の海水が底を付き、何十回も水鉄砲で海水を浴びせられた柏原は、ぜいぜい言いながら何とか立っていた。
「も、もっとやろうよ・・・俺、水鉄砲に水、入れてくるからさ・・・」

 「えー、もういいよ。でも、久しぶりに思いっきり運動した気がする。楽しかったあ。」
梨沙は幸せそうな顔で大きく腕を上げて、伸びをした。
「だけど柏原くん、もっと運動した方がいいよ。そんなスタミナじゃ受験ももたないよ。」
梨沙はすたすたとバイクの方に歩いていった。



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