PART 64(bbbb)

 駄目、絶対っ!、と柏原が突然強行に拒否し、梨沙のサーフィンシミュレーター経験は終わった。え、どうして、と不審がる梨沙の腕を掴み、柏原は強引に室内プールの中から引きずり出した。そしてまっすぐシャワー室に連れて行き、元の制服姿に戻させたのだった。

 今度は制服プレイか、と好色に見つめる視線を背中に浴びながら、柏原は梨沙の手を引っ張り、逃げるように店から出た。

 「ねえ、どうしたの、柏原くん? さっきから少し変だよ?」
梨沙が不思議そうに聞いた。
「急に怒ったりして、お店の人もびっくりしてたじゃない。」

 「い、いや、その・・・」
目の前にいる、いつもの学校の制服をきちんと来た梨沙に、思わずさっき見た全裸を重ねてしまい、柏原はしどろもどろになった。
「だって、梨沙ちゃんの水着姿を撮るなんて言うから・・・」
本当は梨沙のヌードを撮ろうとしたからだが、もちろん言えるはずがなかった。もし本当にホームページに載せられてしまい、大石すずと紹介されたら、事務所からクレームが来たかもしれない。そして犯人探しが始まって・・・柏原はぞくっとして震えた。

 柏原の右腕が急にぎゅっと掴まれ、引っ張られた。
「そっか・・・ごめんね、柏原くん・・・」
梨沙は柏原の右腕を両手で掴んで身体を引き寄せると、背伸びして耳元に言った。
「ちょっとびっくりしたけど、嬉しかったよ・・・」

 「・・・え?」
柏原は意表をつかれてきょとんとした。自分のせいで変な水着を着させられて、ついには見ず知らずの5人の前でも全裸を晒してしまったのに・・・

 「だから・・・私の水着姿、人に見せたくないってこと、でしょ?」

 「・・・あ、う、うん・・・そりゃあ、もちろんだよ・・・」
梨沙が勘違いしていることを悟り、柏原は慌てて話を合わせた。しかし、実際にしたことは逆なので、良心が疼いた。

 「でも、私、もっと恥ずかしい姿、みんなに見られちゃったよね・・・学校のみんなにも・・・」
急に梨沙の顔が曇った。
「柏原くん、それでもいいの?・・・」

 「い、いや、あれは、仕方なかったんだし・・・生徒総会では、他の女子のためにあそこまで・・・本当に偉かったと思うよ。」
柏原は心細そうな梨沙の顔を見て、ふと愛おしくなった。
「それに、学校のみんなには、土曜日の時の写真も全部削除するようにお願いしたから、大丈夫だよ。」

 「うん・・・ありがと」
梨沙は小さな声でそう言うと、柏原の腕を握る手に力を込めた。


 ・・・帰りのオートバイでは、少し遠回りになるが、海岸沿いの道路を通って帰ることにした。

 天気は快晴であり、平日のため車は前後にほとんど見えず、二人は快適なツーリングをすることになった。海岸沿いの道は緩やかなワインディングが続き、カーブを過ぎたときに一気に海が目の前に見えた。

 「ねえ、オートバイって、すっごく気持ちいいね!」
制服姿の梨沙が柏原に抱きつきながら言った。
「海がきれい! 風も気持ちいい!」

 「うん! こういうのがたまんなくて、やめられないんだよね、オートバイ!」
柏原も大きな声で返事した。オートバイのエンジン音があり、フルフェイスのヘルメットを被っているので、大声でないと聞こえないのだ。

 2人はそれから、しばらく黙ってツーリングを楽しんだ。

 (やっぱり、柏原くんの背中、あったかい・・・)梨沙はひしっと柏原に抱きつく腕に力を込めた。
「ねえ、柏原くん!」

 「うん!」

 「私、付き合ってもいいよ!」

 「・・・え?」

 「え、じゃないわよ! 付き合ってあげてもいいって言ってるんじゃない!」

 「あれ、もう付き合ってると思ってた!」

 「何言ってんのよ。まだ付き合うなんて言ってなかったわよ!」

 「・・・やった! 梨沙ちゃん・・・俺、大事にするよ!」
柏原は、バイクのアクセルをふかし、大声で言った。
「大好きだよ、梨沙ちゃん!」

 「・・・ばか、いちいち声が大きいのよ!」

 「いいじゃん、他の誰にも聞こえないんだし。」

 「・・・でも、あの日のことは全部忘れて!」

 「え、あの日って?」

 「ばか!・・・だから、この前の土曜日とお、その次の月曜日のこと!」

 「・・・分かった、全部忘れるよ!」

 「本当に?」

 「もちろん、絶対だよ!」

 「・・・うん、分かった!」
今は後ろからしがみついているので、柏原の左肘も、鼻も、目も見えなかった。でも、信じてみようかな・・・
「・・・柏原くん、大好き・・・」
梨沙は小さな声でつぶやいた。え、何い?、という柏原の声が響いたが、梨沙は答えなかった。

 空には雲一つ無い晴天、今の梨沙の気持ちのようだった・・・もう、何も怖くない・・・

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 それからさらにしばらく、海岸沿いの道を二人がツーリングしていると、突然隣で轟音が聞こえ、一気に抜いていった。

 それは、大きな白バイだった。白バイに乗った警官は、柏原のバイクの前で、左側に寄って停止するようにジェスチャーを見せた。
柏原は不審に思いながらも、大丈夫だから、と梨沙に声をかけ、警官の指示に従って停止した。

 「君たち、ちょっと大胆だねえ・・・」
警官は白バイから降りると、呆れたように言った。
「ここ、自動車専用道路だから、二人乗りは二十歳以上じゃなきゃだめだって、知ってるよね? 学生服で堂々と・・・大物だねえ、君達」
警官は皮肉を言いながら手帳を広げた。
「それじゃあ、生徒手帳見せて」

 それは柏原のうっかりミスだった。さらに動揺した柏原は、なぜ今日は学校に行かないのかと聞かれ、自分は停学中だから、と馬鹿正直に答えてしまった。どうして停学?、と聞かれて、オートバイで通学したから、と答えたのを隣で聞いて、梨沙は心底呆れた顔をしていた。

 悪いけど、学校にも連絡させてもらうよ・・・警官はそう言ってから学校に電話をかけ、簡単に事実を説明した。電話を切ると、警官は二人にひとしきり説教し、ただし今回は大目に見ると告げた。あまりの馬鹿正直さに、自動車専用道路に入ったのも故意では全くなかったと思ったからだった。

 ・・・その後は、柏原の運転するバイクは、急にしゅんとなり、轟音もどこか控え目になってしまった。

 (柏原くんのそういうところも、大好きなんだけど、大丈夫かなあ・・・もう、しょうがないなあ・・・)梨沙は柏原の背中に抱きつきながら、微妙な気分になっていた。でも、やっぱり、好き・・・

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 翌日の火曜日。柏原と梨沙の二人は始業前の緊急教員会議に呼び出され、こってり絞られた。生徒会長と副生徒会長が、一人は停学中なのに、一人は仮病を使って、オートバイで遠くの海までデートしていたなんて、一体何を考えているのか!・・・と校長・副校長・学年主任・担任教師に代わる代わる散々責められ、二人は言葉もなくうなだれていた。唯一、二宮仁美先生が笑いを噛み殺している様子が見えたのが救いだった。

 停学4日・・・それが、処分の結論だった。

 「お前ら、一応生徒代表なんだから、今度こそちゃんと謹慎して、十分反省するんだぞ。・・・また二人でオートバイに乗っていたなんて情報が、我々の耳に入ってくることがないようにな。」
学年主任の富田は校長達に聞こえないように小さな声で言ってニヤリと笑うと、二人の肩をばんばんと叩き、教員室から送り出した。


 二人が校舎の玄関を出て、校庭の真ん中を歩き始めた時、急に後ろが騒がしくなるのが聞こえた。あ、来たぞ、という声があちこちから聞こえた。

 次の瞬間、パチパチパチパチ・・・と校庭中に拍手が反響した。梨沙と柏原が驚いて振り向くと、コの字型の校舎の全ての教室から、生徒達の顔が覗き、皆が笑顔で拍手していた。

「いよ、お二人さん、今度はどこに行くのかなあ?」
「四日もあるから南の島じゃねーの?」
「新婚旅行はまだ早いわよ!」
「梨沙ちゃん、おめでとー、お幸せに!」
「くっそー、柏原、覚えてろよ!」
「これですずちゃんともお別れかな?(笑)」
「柏原、俺たちの梨沙ちゃんに手を出したら殺す!」
「俺もバイクに乗ってれば良かった」
「あーあ、俺も停学処分くらって可愛い子とデートしてえなー」
「柏原くーん、梨沙ちゃんを大事にしてね!」
「別れたら私と付き合ってね!」

 拍手は全然鳴り止む気配がなかった。そして皆、彼らなりに二人を祝福する言葉を投げかけた。


 「すっげぇ・・・」
柏原は校舎を見回し、しばらく絶句した。
「全校生徒に見られてる・・・」

 「ほら、ぼけっとしてないで行くわよ!」
梨沙がきっぱり言って正門の方に歩き出すと、柏原もあわててその後を追い、横に並んだ。

 生徒達の拍手と歓声が校舎に反響し、校庭中に響くのを背中に受けながら、二人は校庭のど真ん中を歩いていた。それはまるで、巨大なバージンロードのようだった。

 そして、校庭の真ん中まで来たところで、梨沙がついっと柏原のすぐ左横に近づき、右手を伸ばして柏原の左手をぎゅっと握った。
おおおっ、という歓声が全教室から響き、拍手が一層大きくなった。

 「ちょ、ちょっと梨沙ちゃん・・・みんな見てるよ・・・」

 「いいでしょ、付き合ってるんだから、私達。ほら、こういう時は堂々としてるの!」


 ・・・停学処分を食らった癖に、堂々と手を繋いで学校を出て行く二人に、生徒達は大きな拍手と歓声を送り続けた。同じ学校の女子を守るために裸にまでなった梨沙と、勇気を持ってアイリスに立ち向かった柏原・・・誰もが二人を心から祝福していた。

 「ちょっと待って。」
 梨沙は柏原の手を握ったままでふと立ち止まり、空を見上げた。そこには雲一つない、真っ青な空が広がっていた。それはまるで、今の梨沙の気持ちのようだった。もう何も、心配することはないんだ・・・

(完) 【エンディング11:ハッピーエンド】


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