PART 67(bbbb)

 あ、「怒れる女神モード」に入ってしまった・・・柏原は内心で焦った。こういう時は、少しでも早く、正直に謝るしかない・・・
「ごめん、梨沙ちゃん、あんまり梨沙ちゃんのお尻が可愛いかったから! 梨沙ちゃんの裸、すずちゃんなんかよりずっときれいだから・・・ごめん!」

 「ばか、ちょっと声が大きいよ、周りに聞こえちゃうでしょ。」
梨沙は慌てていった。ぽっと頬が赤くなっていた。

 それからしばらく、梨沙は沈黙した。手に持ったコーヒーカップを見つめたり、ふと顔を上げて、ぼうっと店内を眺めていたり・・・

 こういう沈黙が一番怖いことも分かっていた。いつもこの後に、爆弾が飛んでくるのだ・・・柏原は気が気でなかった。

 「ねえ、柏原くん・・・約束したよね、あの日のことは全部忘れるって。」

 「うん・・・」

 「それなのに、あの日の写真をこんなに沢山携帯しているなんて、矛盾していると思わない?」

 「うん・・・ごめん・・・」
どうして女って、こんなネチネチ責めるんだ。いっそ、この前みたいにひっぱたかれた方が・・・

 「・・・ひっぱたくのは後よ。」
梨沙がそう言うと、柏原の身体がびくっと震えた。
「・・・それより、もう一つ聞きたいんだんけど・・・」

 「うん・・・」
(今度は何が来るんだ・・・?)

 「柏原くん、緊急生徒総会の時、私が帰った後に壇上に立って、男子みんなに、オートバイの私の写真、削除するように言ったんだよね?」

 「う、うん・・・」
それは真綿で首を絞められるような閉塞感だった。

 「みんなに呼びかけた本人がこんなに大量に保存しているってことは・・・男子はみんな、まだ、私のこんな写真、持っているって、ことなのかな?・・・夜とか、柏原くんみたいに、いやらしいにやけ顔で見ているのかな、私のお尻・・・」

 「う・・・」
反射的にうん、と言い掛け、柏原は慌てて口を噤んだ。くっそう、どう答えたらいいんだ・・・
「いてっ、いてててっ」
急に耳を引っ張られ、柏原は呻いた。

 「ほら、早く立ちなさいよ! すぐに図書館に戻るわよ!」
怒りの女神モード全開の梨沙が目の前に立っていた。
「絶対、絶対にT大に行くんだからねっ!」

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 午後の梨沙は、一層厳しく柏原を指導することになった。唯一の救いは、さっきのことに一言も触れないことだったが、決して忘れたわけでも許したわけでもないことは、その態度から明らかだった。

 これは、嵐が過ぎるのを待つしかないな・・・そう思いながら、柏原は少し余裕を感じていた。こんなことがあっても、別れると言ったりしないし、怒って帰っちゃうこともなくて、一緒に図書館で勉強するってことは・・・何があっても許してくれるってことじゃないのか?・・・梨沙ちゃん、そんなに俺に惚れてるのかな・・・ひょっとして、迫ったらキス、してくれるかな。今日の帰りとか、あそこの公園に寄って帰ろうって言ってみようかな・・・

 「ちょっと、何にやけてるのよ!」
梨沙の小さな声が聞こえ、耳をぎゅっと引っ張られた。

 「いて、いててて・・・」
また、目の前の女子大生3人組のクスクス笑いが聞こえた。


 柏原に厳しい一方で、午後の梨沙は、どこかぼうっとすることが多くなった。柏原は、何か聞いて藪蛇になってもまずいと思い、そっとしておくことにした。
(だけど、ちょっと食べ過ぎちゃったなあ・・・)時々襲ってくる眠気に、柏原はあくびをかみ殺していた。

 午後3時頃。隣の梨沙がふと机を立った。
「ちょっと、電話してくるね。」

 「あ、うん・・・」

 「ちょっと長電話になると思うけど、ごめんね。」

 「いいよ。ごゆっくり」

 「あれ、今、ほっとした?」

 「いや、そんなことないよ!」
なんで分かるんだろう・・・柏原はぞくっとした。心を読まれたらまずいことなんて山ほどあった。

 「そう・・・それじゃあ、行ってくるね・・・戻ってくるまでに、さっきの間違ったところの復習くらいはしておいてよ。」
意外にも、梨沙はそれ以上絡んでこなかった。目の前の女子大生3人組も期待が外れたような顔をしていた。

 (ふうう・・・これでしばらく息を抜ける・・・)
柏原は梨沙の後ろ姿を見ながら、少しほっとしていた。

 カチ、カチ、カチ・・・図書館の時計は昔ながらの大型のもので、静かな館内に針が動く音が小さく響いていた。梨沙が席を離れて5分以上経ったが、戻ってくる気配はなかった。
 梨沙に言われたとおり、英語の間違った部分を何度も読み直していたが、元が文学作品のせいか、もってまわった言い回しが多く、なかなか頭に入ってこなかった。あ、何か眠くなってきたな・・・少しだけ、仮眠するかな・・・5分だけ・・・


 ・・・・・・こんこん、と肩を叩かれ、柏原は目をあけた。ぼんやりとした視界の中に、梨沙の姿が浮かんできた。
 「あ、ご、ごめん!」
柏原は慌てて跳ね起きた。電話をしている最中にさぼって寝ていたとなっては、梨沙の怒りが計り知れなかった。

 「ううん、いいよ・・・柏原くん、疲れてるんだよね・・・」
梨沙は普通の口調でそう言うと、柏原の手を掴んだ。
「ねえ、ちょっと、こっちに来て・・・」

 梨沙は柏原の手を掴んだまま、図書館の中をどんどん歩いていった。そして、人がほとんどいない、スペイン文学のコーナーに来た。

 「ねえ、柏原くん・・・」

 「うん、何?」

 「『大石すずの露出調教スペシャル2』、見た?」

 「・・・い、いやっ・・・あぁっ!」
不意打ちに心の準備が間に合わず、左肘を曲げてしまった柏原は、右手を伸ばし、必死に左腕をまっすぐにした。

 「もう遅いよ、柏原くん」

 「・・・ご、ごめん・・・」

 「ううん・・・私の方こそ、ごめんね・・・」

 「え?」

 「だってさ、柏原くん、ずっと我慢してたんでしょ、すずちゃんのビデオ見るのを?」

 「そ、そりゃあ、まあ、約束したから・・・」

 「だから、バイクに乗っている私のお尻が映ってる写真、持ってたんだよね?」

 「う、うん、まあ・・・」
柏原は曖昧に頷いた。また、先の見えない会話が始まってしまった。梨沙の真の意図がさっぱり分からない・・・

 「電話でね、友達に聞いたの・・・男の子は、絶対に、それだけじゃ我慢できないって・・・」

 「そ、そうなんだ・・・」
ありがとう!・・・梨沙の「友達」に柏原は心から感謝した。

 「でもね、やっぱりイヤなの!」
梨沙はきっと柏原を睨んだ。
「私以外の女の子の・・・そんなエッチな姿見て、柏原くんが興奮しているなんて・・・」

 「・・・うん・・・」
(えええ!? 一体どっちなんだ? やっぱり見たら絶対駄目って言うのか・・・)柏原は混乱した。しかし、そう問いただすわけにもいかない。

 「図書館」

 「・・・え?」

 「昨日見たビデオ、図書館のシーンが一番気に入ったんでしょ?」

 「・・・・・・」
柏原は、やっぱり梨沙に本当に心を読まれているのではないかとぞくぞくした。呼吸がなかなかできず、喉がカラカラに乾いていた。

 「そんなに驚かないでよ、友達に聞いたのよ」

 「そ、そっか・・・」
くっそー、一体誰なんだ、「友達」って! そんなことを彼女にばらすなんて、ルール違反だろ・・・

 「ねえ、もう絶対に見ないで、すずちゃんのビデオ!」

 「・・・う、うん・・・」
柏原は勢いに押されて頷いたが、全く自信がなかった。だって、友達に男子はそんなの無理だって聞いたって言ったばかりじゃないか・・・一体どうしろって言うんだ・・・

 しかし、次の梨沙の台詞が、柏原の度肝を抜いた。
「ねえ、そのビデオの図書館のシーン、どんなだったか教えて・・・今から、全部、私がそのとおりにするから・・・」
梨沙は思い詰めた目で柏原を見上げた。
「写真も動画も撮っていいよ・・・そしたら、もう、私しか、見ないよね?」

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