PART 70(bbbb)

 (柏原くんは絶対に来てくれるはず!)
迷った末に梨沙は心を決めた。柏原くんを信じて駄目だったら、仕方がない・・・梨沙は、その男が来たときだけ通路に出て、視界に入らないようにした。

 それから数分・・・再び、人の気配がなくなった本棚の間で、梨沙は心細い気持ちでしゃがんでいた。このまま来てくれなかったら、閉館になったら・・・
 しかしその前に、梨沙は切実な危機に直面することになった。徐々に尿意が込み上げて来たのだ。そ、そんな・・・梨沙は絶望的な気持ちになった。トイレはロビーにあり、ほとんど全ての本棚の横を通らないとたどり着けない・・・早く、早く来て、柏原くん・・・

 しかし、誰も来ない状況はそれから30分以上も続いた。梨沙は尿意をこらえ、太ももをプルプル震わせるようになっていた。もう、何してるの、柏原くん・・・

 「梨沙ちゃーん・・・もう大丈夫だよ・・・」
ようやく小さな声が聞こえてきて、梨沙は顔をぱっと輝かせた。柏原くんの声・・・やっと来てくれた・・・

 「柏原くん!」
梨沙は周囲に誰もいないのを確かめてから、通路に顔だけ覗かせ、声をかけた。

 「梨沙ちゃん!」
柏原はダッシュで梨沙のいる本棚のところまで来た。
「ごめん、待たせて・・・っ」

 バチーン、と思いっきりひっぱたいた音が館内に響いた。

 ダッシュの勢いとの相乗効果で、柏原は今までにない衝撃を受け、その場に倒れ込んだ。
「い、いってえ・・・梨沙ちゃん、何するんだよ・・・」

 「うるさいわね、早く服を返してよ!」
梨沙は柏原の手から引ったくるようにスカートとパンティを取ると、あっち向いてて、と言ってから、素早く身に着けた。
「ちょっとトイレに行ってくるから、ここで待ってて!」


 しばらくして戻ってきた梨沙は、柏原への尋問を開始した。
「・・・それで、どうしてこんなに時間がかかったの?」

 「うん、実は、あの後、あの外人の一人に捕まっちゃって・・・俺が、その、スカートと下着を盗んだ変態みたいに勘違いして、事務室に連れて行かれたんだ。それで、別に悪いことはしてないって説明したんだけど、なかなか信じてもらえなくって・・・それから、南米文学のコーナーに梨沙ちゃんがいなかったから、ちょっと探すのに時間がかかっちゃって・・・ごめん。」

 「そりゃあ、まあ、なかなか信じてもらえないでしょうねえ・・・男子○校生が、女子○生のスカートと下着持ってうろうろしてるんだもんね・・・どう見ても変態だもんね・・・」

 「まあ、ね・・・」

 「で、変態さん?」

 「え、俺のこと?」

 「私のスカート、どうして脱げちゃったのかな?」

 「そ、それは、ホックが外れて、ジッパーが下げられていたから・・・」

 「あなたは、半分しか下がってなかったジッパーを、全部下ろしましたか?」

 「いいえ・・・あ! くそっ・・・」
柏原は慌てて、曲がった左肘を伸ばした。

 「嘘をつくと罪が重くなりますよ」

 「・・・申し訳ありません。嘘を言いました・・・」
君は検察か、と突っ込むのも怖くてできなかった。

 「それにねえ、どうしてあの時、下着を踏んで、下ろしちゃったの?」

 「いや、パンティ、いや、下着が足に絡まってると走れないと思ったから・・・」

 「もう! それなら、一旦脱がしても、私に渡してくれれば良かったじゃない! 服を持って逃げてれば、こんな思いしなくて済んだのに・・・」

 「ごめん・・・」

 「まあ、それは柏原くんのとっさの判断で、悪意がないことは分かってるんだけど・・・悪意がなくても、基礎的な知識と判断は必要よ」

 「はい・・・」

 「柏原くん、南米文学のコーナーに行くように言ったわよね?」

 「うん」

 「問題です。コロンビアの言語は?」

 「え?・・・うーん、コロンビア語?」

 「・・・あんた、なんでそんなんで校内模試の成績優秀者なわけ?・・・正解は、スペイン語です。そこまで分からなくても、南米なんだから、スペイン語かポルトガル語のどっちかって思わないのかなあ」
梨沙は呆れて首を振った。

 「え!?・・・じゃあ、あの後・・・」

 「はい、あなたを捕まえた男以外の三人が、南米文学のコーナーに来ました。ガブリエル・ガルシア・マルケスはどこだ、って言いながらね。知らないと思うけど、コロンビア出身のノーベル賞作家ね。」

 「それじゃあ・・・」

 「そう・・・私、あの格好で図書館の中を逃げ回ったのよ」

 「そっか、見つからなくて良かったねえ・・・いててっ」

 「簡単に言わないでよっ! もう、死ぬかと思ったんだから!」

 「ご、ごめん・・・」
謝りながら、柏原は不謹慎にも梨沙が裸で逃げ回る姿を想像して興奮していた。露出調教スペシャル3でやってくれないかな・・・

 「・・・柏原くん?」

 「え?」

 「今、いやらしいこと考えたでしょ?」

 「え、いや・・・」

 「言っておくけど、私に嘘が通じると思ったら大間違いよ・・・」

 「ごめん、少しだけ・・・」

 「だからってさあ、簡単に認めるかなあ・・・まあ、いいわ。そこがあなたのいいところよね。」

 「・・・」
(梨沙ちゃん、あまりに怒った時は、あなた、って呼ぶんだよなあ・・・あと、やたら他人行儀で慇懃な話し方になるんだよなあ・・・)
今までで学習している柏原は、次の攻撃に怯えた。

 「さて、質問を変えます」

 「・・・はい・・・」
(来た! でも、何なんだ・・・)

 「先ほどあなたは、図書館の事務室でなかなか疑惑が晴れなかったと言いましたね?」

 「・・・はい」

 「質問その1。そもそも、スカートと下着を持っていただけで、なぜそこまで疑われたのでしょうか?」

 「それは・・・」

 「ここで嘘をついたら、あなたは非常に不利な立場に立たされますよ・・・誰かの証言があったからでは、ありませんか?」

 鋭い!、と言うか鋭すぎる・・・本当に、俺の心が読めるんじゃないのか・・・柏原は内心で観念した。
「はい、実は、事務室に連行される途中で、テーブルの前に座っていた女子大生三人組に発見されて、証言されました。」

 「証言の内容を、正確に、教えてください」

 「はい、あの・・・『彼は制服姿の女子○生の彼女と来ていて、彼女が席を外している時にうとうとして、寝言で、図書館でエッチとかフェラとかお願いしたら怒るかな、今日は、露出オナニーまでさせるかな、と言っていました。』」
検事モードの梨沙に睨まれ、柏原は馬鹿正直に答えてしまった。そして、真っ赤になってうつむいている梨沙を見て慌てた。
「あ、ご、ごめん!」

 「・・・なるほど・・・それで、あなたが持っていたスカートと下着がその証言と合ったわけですね。」
そこまで言うと、梨沙はふと、素の表情に戻った。
「て言うか、寝言でそこまで言ってたわけ? もう、信じられない!・・・そっか、あなたの構想どおり、露出までは今日させられたってことね・・・まさか、それ以上させようなんて思ってないでしょうね?」

 「・・・い、いや、あれは偶然で・・・まさか・・・」

 「うん、分かってるからいいよ。」
梨沙はそう言うと、また検事モードに戻った。
「えー、あと二つ、疑問点があります。あなたがスカートと下着を持っているのに、なぜ、図書館側の人達は、服を取られた女の子を徹底的に探さなかったのか? なぜ、あなたの嫌疑が晴れて解放されたのか?・・・教えていただけますか?」

 「・・・いや、それは、なんでなのかな・・・俺が誠心誠意潔白を主張したから、分かってもらえたみたいで・・・」
柏原は、必死に左肘が曲がらないように気をつけた。これだけは絶対に、正直に言う訳にはいかない・・・


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